今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年07月07日

1937年1月30日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年一月三十日 土曜日 晴(第七巻)

午前は工事施工の整地をなし、午後に及んで裸麦の播種を済まし暮れ方迄かかる。

所感
或仕事を始めて完了したる時の眺めこそ一種無量の感が湧起らざるを得ない。着業時の気分と現在の心持とは珠更の異様を来しているがこれも全く努力と忍耐の賜なりといふ事が出来る。何事も終始貫徹の念が欠けては成功せぬ。いはんや、人生の第一条件否成功の秘訣は忍耐努力の融合の調和によって生ずるものではあるまいかと余は解決する。


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2007年07月06日

1937年1月28日〜29日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年一月二十八日 木曜日 雨曇(第七巻)

午前は収納屋の整頓をなし、午後はいなまきを織る。晩も兄と二人で織る。


●昭和十二年一月二十九日 金曜日 晴曇(第七巻)

午前はいなまきを織る。午後は青訓にて甘藷品評会賞与式並びに自治会行はる。新設の笹口鍼灸科へ腰腕の治療を受ける。姉は早岐の共栄座へ歌劇魔術団の一座を見物に行かれた。


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2007年06月26日

1937年1月26日〜27日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年一月二十六日 火曜日 晴(第七巻)

午前は甘藍の追肥をなす。午後は桑苗の植付一畝十八歩の畑へ百五十本植込。五十本ばかり不足した。


●昭和十二年一月二十七日 水曜日 晴曇(第七巻)

小春日和である。終日工事中の麦田の作土ひろげだった。姉二人で僕まで三人で大体なす。夕方遅く迄整地。父は富恵方と交換されし田の田際畦堤の地堅めらる。晩は簡易保険局主催の映写観覧。



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2007年06月24日

1937年1月24日〜25日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年一月二十四日 日曜日 晴(第七巻)

久しぶりのお天気だった。平戸の姉達は午後一時のバスにて帰家さる。姉が佐世保まで見送り、晩もかへらない。日宇泊りであらう。
午前はこもを編む。午後はほし大根の整理をなし大根の引揚げをする。晩は今日撮したのを現像する。


●昭和十二年一月二十五日 月曜日 曇雨(第七巻)

やう降れば降るものといふやうに雨だ。午前は己敏君が帰郷した事を聞いたので遊びに行って色々談る。彼の帰郷は職業転交の意味らしかった。午後は家にてこも編み。晩は焼付。



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2007年06月23日

1937年1月20日〜23日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年一月二十日 水曜日 曇晴(第七巻)

午前は撮影をなし、午後は早岐へ診断書をもらいに行く。夕方は中村水車の祝儀にてたんすいないに行く。姉母は加勢に行かれ結婚式完了は明朝3時だったそう。


●昭和十二年一月二十一日 木曜日 曇雨(第七巻)

雨にて終日家に居て、午後は温床の覆こもを編む


●昭和十二年一月二十二日 金曜日 曇雨(第七巻)

午前はこも編みをなす。午後は青訓だった。


●昭和十二年一月二十三日 土曜日 曇晴時々雨(第七巻)

午前はこもあみ。午後は精米所へ遊ぶ。



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2007年06月22日

1937年1月17日〜19日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年一月十七日 日曜日 曇(第七巻)

寝たり起きたりする食欲は大へん進むのであるが、顔面のはれが取れぬ。はぢ負けのやうにも疑はる。兄は休日だったので工事に働かる。


●昭和十二年一月十八日 月曜日 曇時々晴(第七巻)

午前は寝床する。午後は起きてこそこそする。神使の如き仙人見たような者が来て相を見てやるといって来た。彼は非常に異っていて何となく嬉しいと云ひて朗らかである。人の将来がわかるといふから相当の修業を積んだ者らしかった。「忠孝 ●●て春き美とり子守歌kへ聞くたびに母の喜び ●併」との書を残して去った。姉も感服なされざを得なかった。


●昭和十二年一月十九日 火曜日 雨(第七巻)

終日家に在りて遊ぶ。歌を歌ったりなんかして。


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2007年06月21日

1937年1月14日〜16日 父満十八才の時の日記

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今日6月21日は父の命日


●昭和十二年一月十四日 木曜日 晴(第七巻)

工事中の田地の盤下げをなす。家人ばかりにて。


●昭和十二年一月十五日 金曜日 晴(第七巻)

今日は富田方からも二人出らる。午後は青訓にも出て四時頃より仕事にでる。盤下げはあと少しとなる。


●昭和十二年一月十六日 土曜日 晴曇(第七巻)

午前は女子教授視察の為、我青年学校生活は出席して活躍する。
午後は顔面状態が悪いので就床する。麻疹ではあるまいかと思はる。晩に及んで少し熱が出る。


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2007年06月20日

1937年1月11日〜13日 父満十八才の時の日記

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父十八歳の誕生日を迎える。


●昭和十二年一月十一日 月曜日 雪曇(第七巻)

午前は雜を配って廻る。午後は自転車をなぶる。

所感
考えて見ると一日といふものが無意味なる時は、それだけ人生の逆退で一日一日がこれを有効に用ひらるに至ってこそ進歩発展の実をあぐるものと僕は確信する。実業家にせよ教育家にせよ政治家にせよ、自職にかなった策を講じてより発進の効を納むべきだ。


●昭和十二年一月十二日 火曜日 雪後晴(第七巻)

午前は薪木の伐採。午後は菊畑の除草整理。


●昭和十二年一月十三日 水曜日 晴(第七巻)

大霜にて午前は山に行く。午後は宗方の堆肥をとる。晩は早く寝た。


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2007年06月08日

1937年1月9日〜10日 父満十七才の時の日記

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●昭和十二年一月九日 土曜日 曇(第七巻)

終日薪木の伐採。

所感
経験なき若人の独断行動は失敗の淵源である。よく経験者の言を参考にして理知を弁へて堅く一歩一歩と進むべきと思ふ。


●昭和十二年一月十日 日曜日 曇晴雪時々(第七巻)

初雪が降る。俄に天気となる。床土の消害をなし、松を一本倒ふす。
午後は部落情会。兄の自転車のチェンの取替へをなす。

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2007年06月07日

1937年1月8日 父満十七才の時の日記

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●昭和十二年一月八日 金曜日 曇(第七巻)

早岐警察署管轄内三町五ヶ村の消防組出初式が我が小学校に於て行はる。支部別の婦人会及び女子青年団等の飲食店も設られ、大々的出初式の出現だった。放水試験は午後に及び公表迄にて午後三時半終了する。午後五時帰宅。

所感
消防は唯単に火を消すのみが役目ではない。人民の生命財産の保護にも警察の背景より甚大なる処の後援をしつつあるは今更列記を要しない。故に消防の重務は文明界となるに従って一層必件となるのみならず、組員の自覚も亦確実でなければならない。


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2007年06月06日

1937年1月7日 父満十七才の時の日記

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●昭和十二年一月七日 木曜日 晴(第七巻)

今日は早岐団体で祐徳神社参拝に加はる。年頭の誓言を祈り帰宅す。

所感
年頭の神社参拝こそ一ヵ年を正粛に送るに必要なる精神修養ではあるまいか。柏手打って頭を垂れたるその潔白なる心こそ人間の誠心である。


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2007年06月03日

1937年1月6日 父満十七才の時の日記

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●昭和十二年一月六日 水曜日 曇雨(第七巻)

雨日和にて終日書斎に閉じこもる。晩は大君の学校の件にて校長先生に願いにいった。

所感
人間の一生を通じて修養の終了といふ事はないのである。しかるに青年期こそ総ての基礎即ち根本的の知識を獲得る重大期にして最も記憶心の旺盛なる時代である。されば此の適期を放置して自覚せらる青年こそ僕はさけんでやりたい。否自分が既にて着手してから進めてやりたい。


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2007年05月31日

1937年1月5日 父満十七才の時の日記

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●昭和十二年一月五日 火曜日 晴(第七巻)

午前は消防の出初式の前稽古に出た。午後はもう出なかった。
そして日記を書く。兄姉は崎岡、日宇と廻らる。
晩は雄未人が昨日より寝付いたのが容態が悪いので医師を呼んで来た。早岐の奥田さんを御願いして診察後同車して薬を取ってくkる。帰途姉達と一緒にかへる。

所感
社会を大きく見ると共に自己の精神も大きく持たねばならない。一寸した失敗に陰気となるのは将来発展に望しからざるものであるから、常に意気揚々たる精神のもとに渡世の道を講じなければ、精神的衰弱者となっては如何丈夫な体格の持主さへ、はては暗黒なる社会となり自己の生活の鍵さへ放棄するに至るのである。


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2007年05月30日

1937年1月4日 父満十七才の時の日記

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●昭和十二年一月四日 月曜日 曇(第七巻)

日宇より義齢君を連れて帰宅。午前十時半、崎岡、針尾、日宇(高坂)からとお客が見えて夕方全部帰らる。

所感
現在農業経営に於てはその主任迄にある僕。兄は佐世保海軍工廠に通勤しているのである。総ての家業を身に引受けて、一方修学の努力を覚悟した僕は人並の努力では到底最後の勝利者とはむずかしい。しかし学問には際限はない。たとへ成功せずとも学問下高絵は無駄ではないのだ。彼処の方面とても転向して行く時、大なる便利を来すのは学問なくんばあり得ないのである。家業に対する務めは怠らんとも青年期を逸して務めざる所の務めから片付けるが人生正しい踏むべき道と僕は思ふ。


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2007年05月29日

1937年1月3日 父満十七才の時の日記

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●昭和十二年一月三日 日曜日 曇(第七巻)

午前は七時起床。九時半の汽車にて義齢君と崎岡へ遊びに行った。朗らかなる一日を過す。帰りには又日宇に立寄る。

所感
人間は外部の影響によって如何にでも変るものだと思ふ。知徳の成長期、即ち青年時代こそもっとも甚だしいものと云わねばなるまい。将来を支配するべき青年期の重務は唯々努力の如何にあると僕は思ふのである。刻々に勤勉努力これが将来社会に勇々と乗出す基礎ではあるまいか。僕は今年の正月こそ忘れることの出来ない意味深いのである。兄の新家庭の従人となりし弟の僕そのものさへどうして今日迄の如く平凡的生活で過す事が出来ようか。今からだ遅くはない、しかし遅れてはならぬ。云はんや彼の作物でも適期を逸して蒔けば充実することが出来ないではないか。よーしこの機会こそ眠れる僕の頭を起党したものであらう。今からの生活を一新して意義ある努力の生活を邁進しよう。


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