今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2008年05月14日

1937年5月14日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年五月十四日 金曜日 晴(第七巻)

終日蓮根掘り。種蓮の分はやっと掘り出す。



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2007年12月04日

1937年5月11日〜13日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年五月十一日 火曜日 晴(第七巻)

午前は胡瓜畑の仕柱立て。午後はセメントの塊状を乾して粉状になす。夕方甘藍出荷準備。


●昭和十二年五月十二日 水曜日 晴曇(第七巻)

有田へ甘藍販売。午前中にかへり、午後は春田の耕耘。


●昭和十二年五月十三日 木曜日 雨後曇晴(第七巻)

良き混潤を見た。午前は茶をもみ、午後にかけて蓮根田の植付準備を済まして、夕方蓮根掘り。



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2007年12月03日

1937年5月8日〜10日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年五月八日 土曜日 晴(第七巻)

終日、トマトの仕柱を切る。晩は鶏卵の出荷準備をなす。


●昭和十二年五月九日 日曜日 晴(第七巻)

佐世保の鶏卵卸店へ出荷。午前十時帰宅。其後、午後に及んで兄と二人で古材を取寄せて居たので整理をして薪木となす。


●昭和十二年五月十日 月曜日 晴(第七巻)

朝方、トマトの仕柱立ての仕事をなしてから登校、学科日だった。農業科だけなして来る。午後はトマトの仕柱立て。今日一日にてトマトだけは済む。晩、家の光会に行く。何にもなくただ遊びだった。



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2007年12月02日

1937年5月5日〜7日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年五月五日 水曜日 晴(第七巻)

午前は水田の耕耘。午後はトマト畑の摘芽、中耕。夕方冬蒔甘藍の定植。


●昭和十二年五月六日 木曜日 曇晴(第七巻)

午前は道路修理の仕事に出る。知事の視観路だったそうだ。午後はトマトの施肥土寄せ、中耕。


●昭和十二年五月七日 金曜日 晴(第七巻)

終日、野菜の手入れ。馬鈴薯の施肥土寄せ。菜豆の施肥中耕、トマトの施肥土寄せをなす。花甘藍の定植、牛蒡の中耕、胡瓜の土寄せをもなし、つるあり菜豆の播種。コッシーの播種。


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posted by gaku at 12:19| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月02日

1937年5月4日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年五月四日 火曜日 晴(第七巻)

終日、山ノ田へ古家屋をといて材木を取運ぶ。夕方、冬蒔甘藍の定植。富田辰美君が大阪ののぼりにて午後一時十一分にて旅立つので見送りに行く。

所感
富田辰美君は我が口ノ尾でも模範とする青年である。至って真面目で正直明朗なる性の人物なるは我々の到底及ばざるのであるが此の際、大阪途上の画が果して彼を満足せしむるであらうが彼の前途は明るいものなりや。当然富田本家の後継者たる身分でいたずらに都へたはむれるやうな事では、それこそ大違いだと思ふ。たとへ大方針のもとになったとしても或は認識不足ではあるまいか。


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posted by gaku at 10:49| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月27日

1937年5月1日〜3日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年五月一日 土曜日 曇小雨(第七巻)

母は昨日より苺販売にて忙しく仕度を朝方してやる。育雛器の製作を午後も晩にかけてなし、晩は金城商会よりタイヤーが届いたので取付ける。


●昭和十二年五月二日 日曜日 曇後晴(第七巻)

午前は育雛の手入をなし、籾摺に行く。午後は蜜蜂の箱を作り、夕方茄子、トマト苗の注文を有田へ持って少し販売をなして晩に及んでかへる。


●昭和十二年五月三日 月曜日 晴(第七巻)

給飼後春田をこなす。午後は田耕し、蓮田をこなす。石灰窒素を基肥に施す。夕方有田方面へ注文の茄子、トマト苗を持って行く。晩は婦人会主催の活動写真見に行く。育雛は飼付後十日目となり相当丈夫になす。十数羽の死雛を今日迄に見、九十羽前後である。


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posted by gaku at 05:57| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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