今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年04月01日

1936年8月27日〜31日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年八月二十七日 木曜日 晴曇後雨(第七巻)

午前中はビーツの播種、菜豆の補播。午後は支那秋胡瓜の補播をなし胡瓜の支柱を立てそへた。晩は少しの強風となる。


●昭和十一年八月二十八日 金曜日 曇雨後晴(第七巻)

午前は菊の支柱立て、午後は平戸の姉のお帰りを見送る。菊の支柱を立て夕方白菜の間引をして商の仕度をなす。


●昭和十一年八月二十九日 土曜日 雨(第七巻)

雨だったが白菜だけもって市場へと行く。午前中にかへり午後は玉葱の出荷準備。


●昭和十一年八月三十日 日曜日 晴(第七巻)

家内中揃って水田の虫取り、作中を済まし午後は除草、夕方籾摺に行く。部屋へ宿借人が見えて争動する。白菜の害虫駆除もなす。


●昭和十一年八月三十一日 月曜日 晴曇(第七巻)

終日水田の除草。夕方少し早めに仕事を切揚げ白菜の追肥をなす。晩は山王神社のお祭りにて余興に浪速節があってきゝにいく。






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2007年03月30日

1936年8月23日〜26日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年八月二十三日 日曜日 晴(第七巻)

兄も休日だったので揃って草荒畑の除草をなし耕す。夕方秋トマトの定植(百余本)姉達は日宇んい行かる。兄さんは長崎へ用件にと立たれた。


●昭和十一年八月二十四日 月曜日 晴(第七巻)

美濃早生大根、戸失撫の播種。長崎五寸人参の播種もなし雑草を焼いてさゝげ畑の除草。


●昭和十一年八月二十五日 火曜日 晴(第七巻)

午前は水田の虫取り(早稲)午後秋胡瓜の手入れ、敷藁、支柱立てをなす。


●昭和十一年八月二十六日 水曜日 曇小雨(第七巻)

午前は馬鈴薯の下種。午後は愛知白菜、胡瓜、第一回と第三回の追肥。秋菜豆、秋トマトの施肥をなす。法蓮草の播種。






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2007年03月29日

1936年8月19日〜22日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年八月十九日 水曜日 晴(第七巻)

午前中は秋菜豆の播種。午後狂言の舞台解き。六時頃より座に付いて宴会をなし直ちに引上げた。


●昭和十一年八月二十日 木曜日 晴(第七巻)

秋胡瓜、法蓮草の播種。


●昭和十一年八月二十一日 金曜日 晴曇(第七巻)

桑畑の施肥、土寄せ。夕方秋胡瓜、白菜の第二回の追肥をなす。平戸の兄さんが夕方見へらる。


●昭和十一年八月二十二日 土曜日 曇夕立雨(第七巻)

愛知白菜の播種にて終日かかる。






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2007年03月27日

1936年8月15日〜18日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年八月十五日 土曜日 晴(第七巻)

午前は朝草切ってから胡瓜畑の中耕。十時頃より身洗ひして遊んだ。午後は夕方胡瓜へ追肥をなす。晩は燈らうとぼしだった。遅くまで座話にて賑ふ。秋江様も参られたので姉は彼杵へ講習会へ。


●昭和十一年八月十六日 日曜日 晴曇一時小雨(第七巻)

工廠も折よく休みにて秋江様も今日まで遊ばれ終日を過す。
夕方今福の狂言見にいった。


●昭和十一年八月十七日 月曜日 晴曇(第七巻)

盆祭余興狂言の舞台掛け。一通りは済んだ。


●昭和十一年八月十八日 火曜日 晴(第七巻)

午前は舞台かけは大概すんだので地開広めをなす。午後は三時頃より出てそれこれ開演の準備をなす。開幕七時半、華々しく一夜を過した。





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2007年03月26日

1936年8月11日〜14日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年八月十一日 火曜日 曇(第七巻)

終日桑園の除草中耕。


●昭和十一年八月十二日 水曜日 曇一時雨(第七巻)

午前は白菜の第一回間引きをなす。秋大豆畑の除草をなす。


●昭和十一年八月十三日 木曜日 曇晴午後雨(第七巻)

午前は胡瓜畑の除草をなし組合へ肥料(硫安二叺)を求めに行く。午後は雨にて小豆をちぎる。


●昭和十一年八月十四日 金曜日 晴曇(第七巻)

午前は胡瓜の補播除草、セルリー床の除草中耕追肥。
午後は青訓にいって見たが出席日ではなかった。其後遊び、夕方白菜畑の中耕施肥。






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2007年03月25日

1936年8月6日〜10日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年八月六日 木曜日 雨一時曇(第七巻)

午前は大雨にて何も出来ぬ、昼頃より有田へ小麦粉かへに行く。
午後二時前にかへる。雨が降り続く。夕方七夕を立て雨間を見て水田の中耕。


●昭和十一年八月七日 金曜日 晴一時曇(第七巻)

午前中は水田の中耕。第三回を麥田の分だけ済ます。午後は青年の七夕堂宮の掃除だった。境内広めにて土を運ぶ。


●昭和十一年八月八日 土曜日 晴(第七巻)

午前は水田の中耕。午後は秋胡瓜の補播。桑畑の除草をなし、夕方精米所へ籾摺に行く。


●昭和十一年八月九日 日曜日 晴曇一時雨(第七巻)

終日水田の除草。兄も休みにて加勢さる。晩は薬王寺へ浪花節聞きに行く。


●昭和十一年八月十日 月曜日 晴曇(第七巻)

終日桑園の中耕除草。晩は小学校へ活動写真見に行く。姉は七夕会にて出席さる。






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2007年03月24日

1936年8月1日〜5日 父満十七才の時の日記

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昭和十一年八月


●昭和十一年八月一日 土曜日 雨(第七巻)

朝方野崎夏蒔甘藍の播種。其後降雨にて終日仕事できない。


●昭和十一年八月二日 日曜日 雨(第七巻)

兄も休日だといって水田の中耕に加勢さる。蓑笠着て終日八反余歩の第二回中耕を済ます。雨にて困る。


●昭和十一年八月三日 月曜日 雨一時曇(第七巻)

午前は雨がひどかったので中止し午後は三人で水田の中耕。全部済み第三回も一反程なす。昨日のやうにはないが一時多の大雨が降る。


●昭和十一年八月四日 火曜日 曇晴一時雨(第七巻)

終日甘藷の除草。夕方西瓜の除草。堆肥を兄が定時間にてかへられてからなす。父は観音堂の修繕にでらる。廣田の伯母様が昨日より見へられ色々の●話しをして夕方かへらる。


●昭和十一年八月五日 水曜日 雨(第七巻)

甘藷の除草。午後は宗宅の堆肥をとる。夕方水田の中耕。







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2007年03月16日

1936年7月28日〜31日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月二十八日 火曜日 曇小雨後晴(第七巻)

有田へトマト、野菜販売。正午にかへる。午後は七時頃迄ぶっ通し昼寝する。
兄も給料日にて早くかへらる。一ノ瀬方の葬式終る。青訓の行軍もかへる。


●昭和十一年七月二十九日 水曜日 晴(第七巻)

午前は前畑へ粟蒔をなす。午後は玉葱の商仕度をなし、
夕方かまぶたへ粟蒔に行く。


●昭和十一年七月三十日 木曜日 晴(第七巻)

有田へ野菜販売、午後二時頃かへる。土用丑の日にて午後は遊んだ。


●昭和十一年七月三十一日 金曜日 晴(第七巻)

母達は桑園の中耕除草。僕は畑を耕し秋胡瓜(北京胡瓜)野崎白菜の播種にて終日かかる。






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2007年03月15日

1936年7月25日〜27日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月二十五日 土曜日 晴(第七巻)

午前中は水田の中耕。姉は野菜売りに行かる。午後は前畑の除草。兄も定時間にてかへらる。


●昭和十一年七月二十六日 日曜日 晴(第七巻)

兄も休日にて一緒に働く。里芋畑の中耕、除草、土寄、堆肥をやった。姉は今日も商に行かる。夕方秋菊の定植。

●昭和十一年七月二十七日 月曜日 晴(第七巻)

朝二時過より一ノ瀬方の子供がセキリにて発熱し危篤の状態との事で医師をよんで来てくれとの事でよびに行ったりして騒動をきはめた。朝食後死亡のやむなきに至り葬式だかれこれと準備されたが友引日と知り中止さる。(明日延す)僕は午前中鶏舎の整頓掃除。






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2007年03月13日

1936年7月22日〜24日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月二十二日 水曜日 曇後晴(第七巻)

午前中はかまぶたの畑へ大豆蒔き。午後は前畑の除草。夕方雨となる。商の仕度をなす。


●昭和十一年七月二十三日 木曜日 大暴風雨午後鎮静(第七巻)

午前二時、三時が強風雨の頂上で風雨害の莫大なる事は地方的に非常なるものであらう。午後は鎮静した。水田の中耕。(四反足らず)


●昭和十一年七月二十四日 金曜日 曇小雨(第七巻)

有田へトマト、野菜販売。午後二時半帰宅。其後水田の中耕。フサエさんが来てくれられたので第一回の中耕は作中全部済んだ。






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2007年03月11日

1936年7月19日〜21日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月十九日 日曜日 晴(第七巻)

午前はかまぶたの小麥跡畑を耕す。九時半迄。
其後前畑の除草。午後は除草をなし夕方小麥調製、袋に入れて仕上げだ。小麥が全部にて二十二斤の収量だった。姉は商に行かれ又トマトを仕度さる。


●昭和十一年七月二十日 月曜日 晴(第七巻)

午前はかまぶたの畑を耕し法草、人参なんかを播種す。午後は姉と二人で小麥の出荷。組合へ千九百斤を出す。夕方商の仕度。


●昭和十一年七月二十一日 火曜日 晴(第七巻)

有田へトマト、野菜販売。午後二時半帰宅す。午後は秋大豆蒔き。荒魂をまがでくたく。






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2007年03月10日

1936年7月16日〜18日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月十六日 木曜日 曇雨模様後雨(第七巻)

午前中は早生甘藍らん後の西瓜が滅したので草除けする。
午後は雨となり昼寝する。

所感
我が身の自由を求めるといふ事は長命上より見ても大切である。
しかも職業の如何によって致しかたないのである。いあはんや我が農民なるもの恵みあるものたるは申すまでもない。我が身の自由はおろか規則のもとに行動を要しないだけでも千金に價する所であるのである。我々農民たる者は自職に対する尊念を以って新農界の開拓へと邁進すべきだ。


●昭和十一年七月十七日 金曜日 晴曇一時雨(第七巻)

今日は御祈祷にて青訓も早引して我々青年は巡回する。茶話会をなし開散。夕方商の仕度。


●昭和十一年七月十八日 土曜日 晴(第七巻)

有田へトマト、野菜販売。午後四時半帰宅。其後、リヤカーのパンク修繕をなし小麥の調製。兄も定時にて加勢さる。






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2007年03月09日

1936年7月10日〜15日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月十日 金曜日 雨後晴(第七巻)

有田へトマト販売。午後四時半帰宅。商の仕度。


●昭和十一年七月十一日 土曜日 晴曇(第七巻)

有田へトマト販売。午後三時帰宅。其後辻へ甘藷さしに行く。雨模様となる。一まいだけ残る。


●昭和十一年七月十二日 日曜日 雨天(第七巻)

雨日和にて田植祝をなす。昼寝したり自転車の修繕したりして午後は商(明日の有田盆商)の仕度をなす。夕食前にて親しく田植の御苦労分を祝ふた。


●昭和十一年七月十三日 月曜日 晴(第七巻)

今日は母に姉さんも僕も三人有田へ盆商ひ。花類、野菜販売。調子よく売れ、僕は卸に半分位やり、午前十一時前にかへる。午後は辻へ甘藷さし。


●昭和十一年七月十四日 火曜日 晴(第七巻)

終日甘藷さし。夕方早く済んだので商仕度をなす。
今晩は早岐の祇園祭の賑ひには行かなかった。


●昭和十一年七月十四日 火曜日 晴(第七巻)

有田へトマト、野菜販売。午後一時半帰宅。午後は祇園遊び。





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2007年03月07日

1936年7月8日〜9日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月八日 水曜日 雨曇(第七巻)

午前は休業、種子注文、振替貯金等なす。午後は苗代掃除、水害崖崩れ、ごみ流れ等の仕事をなす。


●昭和十一年七月九日 木曜日 曇後晴(第七巻)

苗代田やら川端狭間地なんかの田植を済ます。今日にて植終へた。全部落成する。夕方商仕度をなす。トマトが雨続きにて大変腐っている(青腐も)







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2007年03月05日

1936年7月1日〜7日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年七月一日 水曜日 雨後曇(第七巻)

大雨にて有田へと野菜販売に行く。
午後三時帰宅(楠原へ田植人をやといに行く。)
四時頃より父に代りて植代耕し。一反ばかりをすく。


●昭和十一年七月二日 木曜日 曇一時雨(第七巻)

終日植代耕。大部分を済まし七畝余残る。


●昭和十一年七月三日 金曜日 晴曇(第七巻)

終日自宅の田植。植初めにて四反余を済ます。


●昭和十一年七月四日 土曜日 曇雨(第七巻)

日宇の藤村さんが加勢さる。今日も四反足ずをなす。
夕方商の仕度。トマトが熟し過ぎそうなので。


●昭和十一年七月五日 日曜日 雨(第七巻)

有田へトマト其他を販売。雨にて暇取り。午後は三時過かへる。
其後田植。自宅のは苗床用の分だけにちょっとなす。


●昭和十一年七月六日 月曜日 雨一時曇(第七巻)

終日庭木宅の田植。作半を植込む。


●昭和十一年七月七日 火曜日 雨曇(第七巻)

午前はむらを植付。
午後は松葉の田へいって植へる苗代だけ残る。






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2007年03月04日

1936年6月27日〜30日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月二十七日 土曜日 曇後雨(第七巻)

終日麥田の緑肥耕込み。三反余を済ます。午後は大雨にて過す。


●昭和十一年六月二十八日 日曜日 晴曇(第七巻)

午前は麥田かき(二反半。かき方全部終る)午後は緑肥耕込み二反余をなす。兄は定時間にてかへられ厩肥を新開へ運ばる。


●昭和十一年六月二十九日 月曜日 晴曇夕方雨(第七巻)

終日田田耕し、緑肥耕込を午後三時迄かかって全部終ふ一反半ばかり植代耕をなす。


●昭和十一年六月三十日 火曜日 曇(第七巻)

終日春田の植代耕し、三反余にて麥田の分になる。夕方商仕度。






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2007年03月03日

1936年6月25日〜26日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月二十五日 月曜日 曇雨模様(第七巻)

終日、胡瓜、トマトの仕柱立て。今日にて全部すんだ。
夕方、甘藍、玉葱の販売準備。石屋も来て石碑立て。父も加勢さる。盛兄の分を二十五円だそうだが型が大で軍人向にはふさわしいやうである。

所感
人一度死の門をくぐったならば永遠の境にに眠るのである。しかし現代に生存する間にのみ人間は人間としての夫々の特長を発揮し得るのであって、死後は全くこの作用がないのだ。されど墓印なるものは、その魂しいであり、生者をして尊敬すべきは申すにも及ばないが石碑たる墓印の建設は死者の慰魂の最大なるものたるを現存の吾々が痛切に感ずる。この感じを起こせることによって味はう所があるのだ。


●昭和十一年六月二十六日 火曜日 雨後曇(第七巻)

雨にてせっかく準備していたが商ひを中止した。姉は雨降の中に行かる。夕方筍をかきに行く、辻へ。






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2007年03月02日

1936年6月20日〜24日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月二十日 土曜日 晴一時曇(第七巻)

有田へ野菜販売。午前中にかへり午後は小麦扱ぎ。夕方トマトの手入れ(摘芽)


●昭和十一年六月二十一日 日曜日 雨曇(第七巻)

好天気だと思ってゆっくりしていたら不意の雨にて大へん困る。百五十余束寄せていたのを姉と二人で扱おとす。


●昭和十一年六月二十二日 月曜日 朝方一時雨後曇(第七巻)

朝方の大雨にて一時商を中止せんと考へしが小降を見計ひて出発す。途中大雨だったが止んだ。販売中は少しも降らぬ。午後三時帰宅して麥田かき。


●昭和十一年六月二十三日 火曜日 晴曇(第七巻)

午前中は小麥田崩し。午後小麥を寄せた。四百五十余を取込む。


●昭和十一年六月二十四日 水曜日 晴曇一時雨模様(第七巻)

終日扱方をなす。二台にて扱ぎ夕方六時頃迄に全部完終する。商仕度をなす。






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2007年03月01日

1936年6月15日〜19日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月十五日 月曜日 晴(第七巻)

有田へ野菜販売。午後一時半帰宅。午後は小麦刈、夕方畑を三畝ばかり耕す。


●昭和十一年六月十六日 火曜日 晴(第七巻)

終日小麦刈り。二反半程刈倒ふす。夕方商の仕度をなす。


●昭和十一年六月十七日 水曜日 晴一時曇(第七巻)

有田へ野菜販売に行く。小麦収納の繁忙期にて商状調子よく午前中にかへる。
午後は姉と二人で小麦扱ぎ一百五十ぱをなし得た。
夕方寄せ方をなし三百余ぱを取込む。


●昭和十一年六月十八日 木曜日 晴(第七巻)


終日姉と二人で小麦扱ぎ。露菌病散着して色そめにやうになり大へんつらい。二百五十位しかなし得ぬ。結実も薄実にて相当なる減収が予想さる。


●昭和十一年六月十九日 金曜日 晴(第七巻)

終日姉と二人で小麦扱ぎ。午前中は一人で午後に及んで二百余束しか扱ぎ得ぬ。夕方商の仕度。午後三時日食にて異況を呈した。






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2007年02月28日

1936年6月12日〜14日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月十二日 金曜日 曇後晴(第七巻)

終日免内家々の麦摺にて晩に及ぶ。かまぶた二軒迄やっと済まし庭木方にて夕食をなし開散す。明日の江永への麦摺行を断行して。

所感
今日の如の仲間仕事の如きは楽しむべき所があると思ふ。人数の割あひして仕事をなし、仕事をすまして休んだ時の心持ちこそ尊ふべきだ。朗らかな話をもちかはしたり食ったり飲んだりの楽しさはこの仲間仕事の長所たるべきであらう。


●昭和十一年六月十三日 土曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍、玉葱販売に行く
午前中にかへり麦田崩しを少しなす。午後は桑畑の中耕、夕方麦の取入れ。


●昭和十一年六月十四日 日曜日 晴(第七巻)

朝寝をなす。父も留守にて幸と午前八時半起床。午前は麦田崩しをなす。父も日宇より平戸の兄さんも一所に帰宅された。午後三時の汽車より平戸へと兄さんはかへられる。午後は筍をかぎにいって桑畑の中耕を少しなす。夕方商仕度、晩は庭木方へ御馳走に兄姉僕と三人よばる。





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2007年02月27日

1936年6月9日〜11日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月九日 金曜日 雨後曇(第七巻)

雨にてゆっくり休む事が出来た。午前は庭木方へ遊びに行き美恵子さんと歌の練習。午後は腰掛いすをつくり、夕方温床内のトマト、菊苗床、西瓜、胡瓜、茄子畑の追肥をなす。


●昭和十一年六月十日 水曜日 晴(第七巻)

午前は小麦田の畦崩の仕事をなす。午後はトマトの手入れ、夕方商の仕度をなす。


●昭和十一年六月十一日 木曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍、玉葱の販売に行く。午前中にかへり、午後は村の麦摺に出た。そして自家をも済ましてもらふ。十一俵三十斗である。発動機が非常に発起せず一時困りしか、立寄をなして分解的に修理したか為か四時過より廻り始めたので三軒分しか済まぬ。






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2007年02月26日

1936年6月5日〜8日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月五日 金曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍、玉葱販売に行く。午前中にかへり午後は青訓だったが早引をなして来る。トマトの手入、中耕をなす。父は終日麥刈らる。蚕も大分あがり出す。過半くらい。


●昭和十一年六月六日 土曜日 晴(第七巻)

終日麥刈り。午後四時半頃済み寄せた。二百余を取込む事が。風強し立ちし麥をも片っ端から折曲がる。


●昭和十一年六月七日 日曜日 晴(第七巻)

兄も休日にて加勢さる。麥収納にて目が廻る様だ。まるかして兄と二人で寄せてしまふ。扱方も日宇よりおば様が加勢にこられたので全部の六分通位なす事が出来た。筍も掘って来、明日商準備をなす。


●昭和十一年六月八日 月曜日 曇一時雨(第七巻)

有田へ甘藍、玉葱販売。中生甘藍の初物にて良く売れた。午前中にかへる。午後は麥田崩し、裸麥田二反余歩を終った。







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2007年02月24日

1936年6月1日〜4日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年六月一日 月曜日 晴(第七巻)

終日農園の手入れ。牛蒡の中耕に馬鈴薯の土よせ、トマトの摘芽。夕方商準備。筍っも掘ってくる。


●昭和十一年六月二日 月曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍販売。午前中にかへり、午後はトマトの摘芽中耕をなし籾摺にいった。


●昭和十一年六月三日 水曜日 雨(第七巻)

午前はいゝぢつくり。午後は枲摘みをなしいゝぢをつくる。


●昭和十一年六月四日 木曜日 曇後晴(第七巻)

午前中は朝方いゝぢをつくる。其後終日麦刈り。夕方商準備もなす。筍も二十斤ばかり掘って来る。







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2007年02月23日

1936年5月30日〜31日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月三十日 土曜日 雨(第七巻)

有田へ甘藍販売に行く。往途は雨前にて道はよかったが帰りは雨と何とて無ちゃくちゃだった。
午後は麥扱ぎせんば、もったて犂の修繕をなす。


●昭和十一年五月三十一日 日曜日 曇後晴(第七巻)

終日水田の中代耕し、今日にて緑肥耕込全部終る。

所感
何事でも熱心と誠心とでやっていたならば何時かは味ふべき期節が来ると思ふ。熱誠より生れしそのものこそ重実なる得物はないのだ。かりそめにも現存の仕事を見下げおろそかな行動を取るやうな事があるのは一つはこの熱誠の精神に乏しいものと言いたい。古人いふたり、精神一到何事かならざらん。







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2007年02月20日

1936年5月28日〜29日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月二十八日 木曜日 曇後夕方晴(第七巻)

有田へ甘藍、筍販売。午前中にかへり西瓜に防虫網を覆ふ。午後は春田の緑肥耕込み。夕方早く入浴し楽しい園圃にて兄も定時間でかへられたので写真をとる。晩は現像をして見る。


●昭和十一年五月二十九日 金曜日 晴(第七巻)

午前は茄子畑の除草。西瓜、胡瓜、甜瓜畑の除草をなし筍を掘ってくる。午後青訓学科にて島本君、広川君両氏の海軍入団のため送別会を催す。夕方商の準備をなす。







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2007年02月18日

1936年5月24日〜25日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月二十四日 日曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍販売。姉も行かる。荷が多かったので午後までかかり二時帰宅。其後茶もみ、夕方胡瓜の仕柱立て。


●昭和十一年五月二十五日 月曜日 曇雨模様(第七巻)

終日胡瓜、トマトの仕柱立 て。今日にて全部すんだ。夕方甘藍、玉葱の販売準備。石屋も来て石碑立にて父も加勢さる。盛兄の分を二十五円だそうだが型が大で軍人向にはふさはしいやうである。

所感
人一度死の門をくぐったならば永遠の境に眠るのである。しかし現代に生存する間にのみ人間は人間としての夫々の特長を発揮し得るのであって死後は全くこの作用がないのだ。されど墓印なるものはその魂しいであり生者をして尊敬すべきは申すにも及ばないが石碑たる墓印の建設は死者の慰魂の最大なるものたるを現存の吾々が痛切に感ずる。この感じを起せることによって味はふべき所があるのだ。


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2007年02月15日

1936年5月22日〜23日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月二十二日 金曜日 晴曇後一時雨(第七巻)

有田へ甘藍販売、午前中にかへる。午後は青訓にて国防婦人会の発会式の参列であった。

所感
今日も講和中にある如く強き婦人の力あってこそ国防の実現ができるのであり戦勝できるものである。決して戦地にある兵士等が如何に強くて愛国の至誠に燃へていたとて勝利は望まれぬのである。銃後を守る婦人が固き礎をつくるにある事を忘れてはならぬ。国民こぞって之に当らねば最後の勝利は望まれぬのであるが婦人の熱勢ある後援は第一線に立つ男子にとって非常に力づけるものである。いはんや国防的婦人の認識は重大なりといふべきであります。


●昭和十一年五月二十三日 土曜日 曇後晴(第七巻)

終日トマトの仕柱立て。夕方甘藍其他の販売準備をなし晩は茶もみ。

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2007年02月14日

1936年5月20日〜21日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月二十日 水曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍販売。満載していたため時間をとられ正午までかかってやっと売終へた。恋しき彼女と会ひ湧く想いにて所感を前記している。午後二時帰宅して午後はトマトの手入、摘芽、施肥、土寄をなす。


●昭和十一年五月二十一日 木曜日 晴(第七巻)

終日トマトの手入、施肥、土寄せ、仕柱立てをなす。夕方又、甘藍販売準備をなす。晩は茶もみ。

所感
世の進運にともない文明発展の実を揚げんにはもっと個人的の研究心が欲しいと思ふ。自発的に物事を研究し参考の材料と思へば何でも取寄せて近代的文化の向上に努力するは非常時日本に立脚する後々望ましい帝国臣民即ち後世を生かす青年ではあるまいか。


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2007年02月13日

1936年5月18日〜19日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月十八日 月曜日 晴夕方曇(第七巻)

今日は早岐の茶市である。天気はよしもってこいである。午前は茄子、菜豆畑の中耕をなし中食後早速茶市へと向ふ。自転車にて誰も連れとてはなかったが一人で楽しく且愉快満々たる一日を過すことができた。
早岐公会堂にては西部併合青年団総会剣道大会が開催されていたのでズボン、シャツの買物を済ましてから一寸立寄って見て来る。


●昭和十一年五月十九日 火曜日 曇後晴曇(第七巻)

午前は豆玉きざみ六枚をなす。午後は養蚕棚をかけて夕方甘藍販売準備をなした。

所感(これは二十日の所感とする)
恋愛の威力や大なり。僕は今日恋せし彼女と会ふ。その瞬間の心想こそ求めんとしてもとめ得ざるものだった。しかし僕には彼女をして通ずる愛こそ清きものたるを認めるのである。愛嬌たっぷりなるこの世を忘れた女給、酌婦より無愛嬌なれど神聖なる彼女を僕は信ずるのである。善へ導いて給ふと思ふ。


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2007年02月10日

1936年5月12日〜13日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月十二日 火曜日 曇(第七巻)

終日菊押し。夕方雨となる。福本清九郎方の土あげだったが雨前済まれた。


●昭和十一年五月十三日 水曜日 一時雨後晴(第七巻)

終日水田をかく。深田も済ます。

所感
近代の青年は自己の職業のに忠実でない。不平不満の度が甚だしい。しかも執業上研究心にかけているばかりでなく時代に適応改善策を講じない為、自然仕事に対するはりあいがなく、前途の進展は更に望まれぬのである。身体の疲労を覚ゆるもこの希望に燃えていないからである。決して職業そのもに罪はない。これは便乗する者が有効につかふか然らざるかによって決定するものなりを忘れてはならない。要するに我等は自己の職業に忠実に勤めるには楽しみ多い且近代適応の良策を講ずるにあると結論することが出来る。






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2007年02月09日

1936年5月9日〜11日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月九日 土曜日 晴(第七巻)

午前は甘藍、玉葱畑の中耕。午後は肥料(メかす)よせ。夕方籾摺にいった。蜜蜂の集郡を取る事ができて巣箱に設備した。


●昭和十一年五月十日 日曜日 晴(第七巻)

兄も休みだった。二人で午後四時頃迄かかり、自転車の徹底的修理をなし、其後蓮の植付をなし。山より切木、さすいを二人でよせてしまふ。母は千綿へ茶製造の見習に行かれた。


●昭和十一年五月十一日 月曜日 晴(第七巻)

春季国道修繕にて終日事業にたづさはる。八名にてやっと一仕事だった。夕方五時半開散。

所感
今日の如き道路修繕も社会奉仕の一事業である。唯単に私欲的に感へず広く社会に及ぼすを深く認識して忠実に当るべきである。


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2007年02月08日

1936年5月5日〜8日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年五月五日 火曜日 晴曇(第七巻)

終日薪採りをなす。


●昭和十一年五月六日 水曜日 雨後晴(第七巻)

午前は雨にて飼箱をつくり、坂本笹子宛の手紙をかいた。午後は春田かき。日宇から有田の市へ行かうといってこられた。


●昭和十一年五月七日 木曜日 晴(第七巻)

終日山仕事。午前中は薪割り、午後は薪寄せ。


●昭和十一年五月八日 金曜日 曇後晴(第七巻)

午前は空温床へトマトの定植をなす。午後は青訓。

所感
人を教育指導する者は教授するだけの知識が充分であっても実行力即ち自ら行って範たらなければ真の教育はできないと思ふ。見よ…吉田松陰たるや、彼は自ら行ひ範たる人にしてこそ立派なる子弟教育ができられたではないか。実行これこそ尊敬すべきものである。


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2007年02月05日

1936年5月4日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月四日 月曜日 晴(第七巻)

午前は辻の深田耕し、午後は春田をかく。夕方胡瓜、茄畑の中耕。兄は二時間残業にてこらる。

所感
昨日の愉愉快快さが思い出されて意味深調なるものである。あらゆるものは皆躍ってる心地だ。陰気もいつのまにか陽気にとなり溌剌たる勇気が湧出て唯々思うふとほりの世の中と見られるよやうだ。これ即ち人生に於いて愉快を求める副産物ではないかと思ふ。


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2007年02月04日

1936年5月3日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月三日 日曜日 晴天(第七巻)

午前中は深田耕し春田をかく。午後は長谷川安、高川、田口、小野等が曲川の桜見物にいかうといって来たので一しょに行く。歩いて行き三時過到着、二十六日とすれば桜花のすたれている事格段の差さへあった。しかし処々に美しく咲きほこるものありて遊びに来た吾等を少しは引寄せるのである。四時頃より座をとりて宴会を催し、吾等一行の気勢を揚げた。仕出し屋の彼女に僕達は最大の魅力があったと思った。ほんとうに忘れ得ない程であった。帰途は夜に及んで白石方のラジオをきいて九時半に引上げる、あゝ愉快満々たる心地であった。

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2007年02月02日

1936年5月1日〜2日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年五月一日 金曜日 晴(第七巻)

午前は農講習会に出席し農業日誌のつけ方を説明された。そして一冊づつ配布された。実際記帳する段になると農事一般の事が徹底していない今日の有様では満足に記録するを困難と思ふ。午後は田耕耘、庭木方の苗代田の準備をしてやる。晩は写真焼付。


●昭和十一年五月二日 土曜日 曇後雨(第七巻)

午前は茄、トマトの定植をなし雨前の仕事を済ます。午後は降雨のため鶏舎の修繕をなす。。夕方より晩まで白石方のラジオをきいて遊んだ。

所感
我々が人格を高め仁徳を養はんとするには平素の心懸け即ち積極的の修養によってしか生れないと僕は断言する。いはんや人間らしい生活をするのも此の人格を高めるにあるのだ。平凡る其日其日を過してどこに人格向上、仁徳の養生に到達する事が出来ようか。

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