今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年11月17日

1935年8月25日〜31日 父十六才の時の日記

1935.8.25-9.1.jpg

●昭和十年八月二十五日 日曜日 晴天(第七巻)

午前は日出へ水車の石うすをひきに行く。
午後トマト跡畑を耕耘。


●昭和十年八月二十六日 月曜日 晴天(第七巻)

午前は又大根の蚜虫駆除、白菜の市場行準備をなし
秋菜豆の播種。午後は我が折尾瀬村の母校に於て同窓會催さる。
これに出席す。


●昭和十年八月二十七日 火曜日 晴天(第七巻)

白菜、菜豆少しをもって市場へ。西瓜が安いので買ふて来た。
午後は訓練だった。晩は重尾の浮立。


●昭和十年八月二十八日 水曜日 晴曇強風(第七巻)

午前は結才の蚜虫駆除をなし蕎麦蒔き。午後は訓練だった。


●昭和十年八月二十九日 木曜日 晴曇(第七巻)

午前は結才の駆除をなし畑を耕す。軍隊の兄へ音信する。
午後は胡瓜の手入をなし、蕎麦蒔、石灰窒素の散布をなす。


●昭和十年八月三十日 金曜日 晴天(第七巻)

午前は訓練。午後は畑の除草耕耘をなし(草荒しを)
馬鈴薯を作って大根の間引き。


●昭和十年八月三十一日 土曜日 曇(第七巻)

午前は胡瓜に追肥をなし土寄せをす。結才の基肥に堆肥を
運んで施す。午後は大根、白菜畑の中耕、遅蒔美濃早生の追肥。


azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 04:09| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

1935年8月19日〜24日 父十六才の時の日記

1935.8.18-8.24.jpg

●昭和十年八月十九日 月曜日 晴一時々雨(第七巻)

午前は芝居道具を富田君と自轉車より有田へもって行き午頃かへる。

●昭和十年八月二十日 火曜日 晴一時々雨(第七巻)

午前は訓練。崎田教官殿の満州派遣の為送別會を催さる。


●昭和十年八月二十一日 水曜日 晴(第七巻)

午前は大豆引き。午後は秋胡瓜の仕柱をなし、夕方大豆畑の耕耘。
晩は牛石の盆祭に。


●昭和十年八月二十二日 木曜日 晴(第七巻)

午前は写真館を招いてくる。早岐の丹羽を歸途過燐酸一叺、
袋一個を買入してくる。午後白菜大根畑の中耕をなし
午後は家族めいめい写真に撮る。


●昭和十年八月二十三日 金曜日 晴一時曇(第七巻)

午前は辻の大根畑を耕し精米所へ籾摺に行く。
午後は畑を耕して愛知白菜の播種。戸矢かぶの下種。


●昭和十年八月二十四日 土曜日 晴(第七巻)

胡瓜畑の中耕(十三日蒔)をなし春トマトの仕柱をとく。
午後は美早大根の蛾虫駆除をなし後訓練。
歸宅後直ちに胡瓜の手入をなし晩は権常寺の浮立。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 11:35| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

1935年8月14日〜18日 父十六才の時の日記

1935.8.10-8.18.jpg

●昭和十年八月十四日 水曜日 晴(第七巻)

午前中は市場出しの玉葱を用意し午後は荷送りをなし
吉文自動車より四叺を送る。
平戸の姉様がお盆においでになった。(中食後)


●昭和十年八月十五日 木曜日 晴(第七巻)

午前は市場へいって中食前にかへる。午後は遊び晩は燈ろう
どぼしにて中村方の蓄音機をきゝにいった。
(硫安を一叺購入してくる)


●昭和十年八月十六日 金曜日 晴(第七巻)

午前は青訓にて中食前にかへる。
午後は遊び。晩は今福に盆祭余興に。


●昭和十年八月十七日 土曜日 晴(第七巻)

終日盆祭余興の舞台掛け


●昭和十年八月十八日 日曜日 晴(第七巻)

當觸盆祭にて午前中はそれぞれ準備をなし午後は早くより
うちこみをなし夜間の狂言もはなばなしく開演さる。
大人氣にてしとしく観覧人を目を賑かした。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 11:12| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

1935年8月9日〜13日 父十六才の時の日記

1935.8.4-8.10.jpg

1935.8.10-8.18.jpg

●昭和十年八月九日 金曜日 雨天(第七巻)

午前は玉葱の出荷準備。午後は青訓にて校堂内にて教練。


●昭和十年八月十日 土曜日 雨曇(第七巻)

午前は水田の除草。午後は玉葱四叺を自動車にて送る。
水田の除草。


●昭和十年八月十一日 日曜日 雨曇(第七巻)

市場に行く。玉葱は一銭五厘がへにて四百十五斤あった。
午前中にかへり、午後は水田の除草をなし盆前は今日にて切上げた。
夕方畑(ビーツ、甘藷)の除草。晩は浮立のならし。


●昭和十年八月十二日 月曜日 雨天(第七巻)

終日甘藷畑の除草。午間は玉葱の出荷準備。晩は浮立のならし。


●昭和十年八月十三日 火曜日 晴(第七巻)

午前中は青訓にて教練に鍛はれ午後は抑制胡瓜の播種
秋トマト畑の土よせ。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 09:26| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

1935年8月4日〜8日 父十六才の時の日記

1935.8.4-8.10.jpg

●昭和十年八月四日 日曜日 晴(第七巻)

午前五時半起床。食事当番にて午前は水泳、僕は泳がなかった。
午後は休養。夕方自由外出、土産の買入。
僕は唐津名産の罐詰一つしか買はない。夕方濱辺にて遊戯。


●昭和十年八月五日 月曜日 晴曇一時雨(第七巻)

歸省出発、午後二時半。鬼塚迄歩いて来て僕は頭痛にて一行の
落伍者となり(僕等五人、山口清夫、山口二郎、笹口、杉原と)
鬼塚駅より同乗した。伊万里駅着八時半。
彼等歩足隊の一行を待ち午後十二時半の列車より同乗して有田着。
晝食をなして三川内駅下車二時四十五分。
我が青校にて其後慰労會が催さる。面白く、楽しくして開散。
歸宅六時半。


●昭和十年八月六日 火曜日 雨後晴(第七巻)

行軍疲れにて遅く迄寝た。午前八時起床。たな旗を立てる。
午後は水田の除草、父と二人で。


●昭和十年八月七日 水曜日 晴(第七巻)

午前は水田の除草、父と二人で。午後は青年の七夕社堂掃除にて
晩は映写会にいった。


●昭和十年八月八日 木曜日 晴曇(第七巻)

午前は里芋の除草。午後は土寄せに秋胡瓜畑の中耕除草。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 06:44| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

1935年8月1日〜3日 父十六才の時の日記

1935.7.28-8.3.jpg

●昭和十年八月一日 木曜日 晴(第七巻)

午前は水田の除草。今日は愈々待ちに待った唐津行軍の日だ。
午後は晝食後直ちに出校してかれこれの仕度準備。夕刻五時を
以て我が一行は出發す。眠むき夜行軍、伊万里着九時前。


●昭和十年八月二日 金曜日 晴(第七巻)

鬼塚の志々木神社着午前三時。當社に宿してしばし睡眠。
午前六時又もや唐津へと向ふ。
東唐津着八時、そして疲れし体を休めた。
午後は水泳(我二部隊は夕食事当番)夕食後濱辺散歩。


●昭和十年八月三日 土曜日 晴(第七巻)

午前五時起床。てんこ後濱辺散歩(体操)
朝食後虹の松原東方二里に経たるソデフル山へ登山。
歸營十時半。午後は水泳、夕方自由外出。てんこ後九時半就床。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 06:32| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

1935年7月27日〜31日 父十六才の時の日記

1935.7.20-7.28.jpg

1935.7.28-8.3.jpg

●昭和十年七月二十七日 土曜日 晴(第七巻)

午前結菜、大根の間引、中耕。秋菜豆、ビーツ畑の中耕。
午後は桑の除草。夕方はトマトの定植。


●昭和十年七月二十八日 日曜日 晴(第七巻)

午前は秋胡瓜の補播。トマトの土寄せに粟畑の中耕をなし
甘藷の除草。午後は桑園の除草。


●昭和十年七月二十九日 月曜日 晴(第七巻)

午前は桑園の除草にて之を完済す。
午後は市場出し玉葱の仕度をなす。(三叺)


●昭和十年七月三十日 火曜日 晴(第七巻)

終日水田の除草。自動車にて玉葱三叺を市場へ送る。
夕方水田にて蜂からさゝれ非常にはれた。


●昭和十年七月三十一日 水曜日 晴(第七巻)

午前五時半自轉車より市場に行き午前十時前にかへる。
一銭三厘かへにて三百十九斤の正味だった。午後は水田の除草。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:14| 長崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

1935年7月20日〜26日 父十六才の時の日記

1935.7.20-7.28.jpg

●昭和十年七月二十日 土曜日 雨後晴曇(第七巻)

午前は雨にて軍隊の兄へ出す手紙を認め午後も、そして出してくる。
午後は五時半頃より水田の中耕。


●昭和十年七月二十一日 日曜日 晴(第七巻)

終日水田の中耕。害虫駆除も一反をなす。


●昭和十年七月二十二日 月曜日 晴一時曇(第七巻)

午前は水田の中耕をなし、二回を全部終へた。
午後は粟蒔きだった。


●昭和十年七月二十三日 火曜日 晴後曇(第七巻)

終日春大豆の除草。夕方秋トマトの定植(二〇〇本足ず)


●昭和十年七月二十四日 水曜日 晴曇(第七巻)

午前中は秋胡瓜(支那系)の播種、トマトの基肥をなす。
午後は丑の日にて遊んだ。


●昭和十年七月二十五日 木曜日 晴(第七巻)

清潔法大掃除であった。姉は終日掃除にかゝらる。
午前中は深葱の植付。夏蒔甘藍の播種をなす。
午後は水田の害虫駆除をなし夕方秋菜豆の中耕。


●昭和十年七月二十六日 金曜日 晴(第七巻)

午前は水田の害虫駆除をなし、粟の間引きをなす。
午後は西瓜の出来なかった空畑に粟蒔き。
夕方セルリーを植えん畑を耕す。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 12:30| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

1935年7月13日〜19日 父十六才の時の日記

1935.7.13-7.19.jpg

●昭和十年七月十三日 土曜日 晴(第七巻)

今日は村御祈祷にて朝方圃場へ石灰窒素の施用をなし
其後終日にわたる。
夕方我々は四人友連れにて(長谷川、富田、宗像、僕)にて
早岐共楽座へ軍事連鎖劇を見に行く。歸途は貸切にて無料で
乗せてもらって十二時頃歸着する。
今日一日實に朗らかなる日であった。


●昭和十年七月十四日 日曜日 曇(第七巻)

甘藍、菜豆の跡畑を整理し午前は耕耘す。玉葱のあとも耕す。
午後は藁播をなし牛蒡畑の除草をなした。


●昭和十年七月十五日 月曜日 曇(第七巻)

午前中はポンプの修繕をなし、午後玉葱を商の仕度をなし
ぎおん遊び。


●昭和十年七月十六日 火曜日 雨後晴曇(第七巻)

有田へ商に行く。始終雨にて大へん困る。午後二時歸宅。
其後水田の中耕除草。夕方セルリーの移植。


●昭和十年七月十七日 水曜日 晴曇(第七巻)


午前は早岐へ中耕除草機を取替へに(五寸を五寸五分に)行く。
午後は水田の中耕。


●昭和十年七月十八日 木曜日 晴(第七巻)

終日水田の中耕。三人で三反半ばかりを押し夕方三時頃より
秋菜豆、ビーツ、早蒔白菜に美濃早生大根、法蓮草の播種。


●昭和十年七月十九日 金曜日 晴後曇(第七巻)

午前は秋トマト、秋胡瓜を作らんとする畑に石灰窒素施用。
耕耘整地してかまぶたの畑さくり。
午後田口福房君の退營にて出迎えに行き、其後人参、秋大豆、
法蓮草の播種。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 03:24| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

1935年7月7日〜12日 父十六才の時の日記

1935.7.6-7.12.jpg

●昭和十年七月七日 日曜日 晴(第七巻)

有田へトマト、甘藍、筍を賣りに行き、午後二時半歸宅。
其後甘藷さし。


●昭和十年七月八日 月曜日 晴(第七巻)

終日甘藷さし。今日にて全部済む。夕方南瓜の中耕敷藁をなし
夕方商の仕度をなす。


●昭和十年七月九日 火曜日 晴曇(第七巻)

有田へ玉葱、トマトを賣りに行く。正午にかへり
午後は商の仕度。


●昭和十年七月十日 水曜日 曇一時雨(第七巻)

有田へ玉葱、トマト、花を商ひに行き正午にかへり
午後は里芋の土寄せ、胡瓜、甜瓜の手入(仕柱立てに敷藁)
れをなし母の商仕度に加勢する。


●昭和十年七月十一日 木曜日 曇一時雨(第七巻)

午前は胡瓜畑の土寄せをなし胡瓜跡畑を耕し西瓜畑の
整地、除草をなす。午後は硫安一叺を購入して耒畑を耕して
夕方商の仕度。


●昭和十年七月十二日 金曜日 晴(第七巻)

有田へ盆商に行き(甘藷、トマト、花、玉葱、竹)
午後一時にかへり、午後は青訓にて教練だった。
歸宅後夕方秋菊の定植。
秋胡瓜種三勺(六十銭)を学校へ願ひ頼んだ。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 02:32| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月07日

1935年7月1日〜6日 父十六才の時の日記

1935.6.29-7.6.jpg

1935.7.6-7.12.jpg

●昭和十年七月一日 月曜日 曇一時雨(第七巻)

午前中は家内の者だけで苗床田を植付け。川端田を植へた。
午後は松葉田へ田植に行く。全部は済まぬ。
夕方早く止めてかへり商の仕度をなす。


●昭和十年七月二日 火曜日 曇一時雨(第七巻)

トマト、甘藍を有田へ商に行く。トマトは初出廻りにて
一斤十銭から十三銭處であった。
リヤカー一車にて四円余を賣上、午後三時半歸宅す。


●昭和十年七月三日 水曜日 曇(第七巻)

午前は松葉田の植付けをなし、今日にて田植は完終する。
午後は早岐迄小麥袋を買ひに行き組合へ立寄りて入れ替へて来る。
夕方又商の仕度。


●昭和十年七月四日 木曜日 雨後曇(第七巻)

トマト、甘藍を有田へ商に行く。午後一時半にかへり
秋トマトの播種をなし、午後は甘藷さし。


●昭和十年七月五日 金曜日 晴曇(第七巻)

終日甘藷さし、三畝足ずを済ます。夕方は雨にて早くあがる。


●昭和十年七月六日 土曜日 晴曇(第七巻)

今日我等の田植祝にて終日遊び。午前中は種子注文
(白菜、甘らん、胡瓜)の振替をかいて出す。
午後は自轉車のパンク修繕をなし夕方商の仕度にて
筍もかいでくる。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 09:31| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

1935年6月26日〜30日 父十六才の時の日記

1935.6.23-6.29.jpg

1935.6.29-7.6.jpg

●昭和十年六月二十六日 水曜日 晴曇(第七巻)

終日田植に植代耕し。植代は一通りは耕し済む。
家附近は全部植付も済んだ。


●昭和十年六月二十七日 木曜日 雨曇強風(第七巻)

庭木方の田植にて強風なる為、植付一反余をなし苗取りをなした。
夕方観音堂前の水田の堆積土の切揚げをなす大工事だった。

●昭和十年六月二十八日 金曜日 雨曇(第七巻)

田植にて三反余を植付する。庭木方のと小生宅のを一反余なした。


●昭和十年六月二十九日 土曜日 雨曇(第七巻)

終日田植にて目が廻るやう。三反余を植付けする。
あともう少しばかりになった。


●昭和十年六月三十日 日曜日 雨曇(第七巻)

午前は大雨にて苗取りをなし午後に至りて少しこ降りになりたので
植付をなす。二反を植へあと苗代田と松葉田にて二反半である。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:03| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

1935年6月21日〜25日 父十六才の時の日記

1935.6.16-6.23.jpg

1935.6.23-6.29.jpg

●昭和十年六月二十一日 金曜日 雨曇(第七巻)

午後は小麦畑をかき(二反八畝)午後にかけて
緑肥耕込を終る。


●昭和十年六月二十二日 土曜日 曇一時雨(第七巻)

終日植代耕し三反半ばかりを済ます。夕方商の仕度をなす。
母より取集めてもらった。


●昭和十年六月二十三日 日曜日 雨曇(第七巻)

有田商がリヤカーのパンクの為中止さる。早朝よりの争動も
水泡に歸す。午前中はパンクの修繕をなし十時半頃より
筍かきにいって中食前にかへる。
午後はヤマモ取りに姉といって後四時半頃より植代耕し一反余
を済ます。母はヤマモ賣りに午後行かる。


●昭和十年六月二十四日 月曜日 雨後曇(第七巻)

激しき雨だったがリヤカーより有田へ商に行く。
歸途は小降にて午後一時半頃かへる。
其後植代耕し一反余を済まし三畝ばかり田植植初めをなす。


●昭和十年六月二十五日 火曜日 晴天(第七巻)

今日より本格的田植を開始する。終日植代耕しだった。
かく間々にて二反ほ程しか耕し得ない。三反余を

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 04:20| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

1935年6月16日〜20日 父十六才の時の日記

1935.6.16-6.23.jpg

●昭和十年六月十六日 日曜日 晴曇(第七巻)

午前は緑肥耕込濕田をかく。午後は植しろ耕し。
早生甘藍田の荒起し。夕方商の準備。


●昭和十年六月十七日 月曜日 雨後晴(第七巻)

有田へ商に行く。激しき濕潤を見喜んで祝ふた。
雨にて商状良く午後一時半頃かへる。其後麥田をかく。


●昭和十年六月十八日 火曜日 晴(第七巻)

終日麥田の緑肥耕込み。濕田を少しかいて春田の植代耕し


●昭和十年六月十九日 水曜日 晴(第七巻)

午前は朝方山から木を切って後、玉葱取込み。
午後にかけてつり上げた。(福本方の貸家の家うつって来らる。)
抑制トマトの播種をなし、筍かぎに行き夕方玉葱畑の跡を耕す。
商の仕度もなす。


●昭和十年六月二十日 木曜日 曇後雨(第七巻)

有田へ商にいって午前十一時半にかへる。歸途には少し雨にあふ。
午後は小麥をかけて(●●を)から三時頃より家傍の植代耕し。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 03:35| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月03日

1935年6月10日〜15日 父十六才の時の日記

1935.6.10-6.15.jpg

●昭和十年六月十日 月曜日 晴(第七巻)

終日麥扱ぎに麥よせ。庭木さん達夫婦が加勢されたので
元気を増し大へんさばけた。


●昭和十年六月十一日 火曜日 晴(第七巻)

終日麥田耕し。小麥田の耕耘も全部終る。父姉等は麥扱だった。
今日は繭の共同販賣にて十貫足ずとか家からも出された。
夕方商の仕度をなす。


●昭和十年六月十二日 水曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍、豆、胡瓜、菊をうりに行き調子がよかったので
二円六十銭をうった(リヤカーにて)
午後は辻の小麥畑を耕す。


●昭和十年六月十三日 木曜日 晴(第七巻)

午前は姉と日宇のおばさんと三人で小麥をひる。
父は溜池の水下しだった。
午後はかまぶたの小麥畑耕しにて、夕方商の仕度。


●昭和十年六月十四日 金曜日 晴(第七巻)

有田へ商に行く。甘藍、豆、菊をリヤカーより。
一円九十銭を得したが夏上下服、切れ、日用品を買ってしまふ。
午後は青訓だった。
夕方五時半頃かへり麥田の緑肥耕込を七畝歩ばかりして遅くなる


●昭和十年六月十五日 土曜日 晴(第七巻)

朝方玉葱のう立ちを緑肥に入れ終日緑肥耕込。
水が非常に欠乏していてあはれな状態である。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 03:43| 長崎 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月02日

1935年6月1日〜9日 父十六才の時の日記

1935.5.28-6.4.jpg

1935.6.4-6.9.jpg

●昭和十年六月一日 土曜日 晴(第七巻)

終日麥田耕耘。裸麥田の部分は完済する。
(足傷が非常に痛みウミを持った。)


●昭和十年六月二日 日曜日 晴(第七巻)

終日麥摺りだった。口ノ尾組合を此処彼処摺廻り。夜業に及ぶ。
晩九時にかまぶたを終え開散する。(自家の裸麥は十俵半あった。)


●昭和十年六月三日 月曜日 曇後雨(第七巻)

午前は組合の麥摺(福本方、長谷川晴太方、高川方)
だけを終り、晝食後總動員にて山ノ田へ麥摺に行く。
激しい雨の為、屋内にて執業し二軒分をすりた。
午後六時歸宅する。


●昭和十年六月四日 火曜日 晴曇(第七巻)

午前は麥畑を三畝ばかりかいて(温床のメロンの間引施肥をしてから)
トマトの手入れ。午後は桑畑の片附けをなす。
切方は済んだがよせてしまひ得なかった。


●昭和十年六月五日 水曜日 晴(第七巻)

午前は小麥刈りだった。姉は有田へ夏菊、甘藍を賣りに行かる。
午後は蓮、甘藍の蚜駆除をなして桑園の中耕、施肥(石灰窒素)
をなして麥藁を敷く。夕方麥を調整して貯蔵棺に入れる。


●昭和十年六月六日 木曜日 晴曇(第七巻)

午前は桑園の中耕、施肥。午後は甘藷床、里芋、瓜類畑の
除草、中耕をなした。


●昭和十年六月七日 金曜日 曇後晴(第七巻)

午前は一反余小麥をまるかして取込み、五畝ばかり刈る。
午後は青訓にて五時半頃歸宅し其後商の仕度をなす。


●昭和十年六月八日 土曜日 晴(第七巻)

甘藍、胡瓜、金時豆、菊をもってリヤカーより
有田へ商に行き午前十時歸宅。
其後直ちに畑小麥刈り。午後も姉と二人小麥扱、にはびをす。
百五十束をこぐ。夕方河際の小麥を少し刈る。
日宇のおばさんが午後二時頃、仕事加勢にとおいでになった。


●昭和十年六月九日 日曜日 晴(第七巻)

午前は小麥刈。午後も三時頃迄小麥を刈って全部刈方は落成す。
其後かまぶたの小麥を取込み。二百余束だった。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 05:20| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

1935年5月28日〜31日 父十六才の時の日記

1935.5.28-6.4.jpg

●昭和十年五月二十八日 火曜日 晴(第七巻)

午前は朝方籾摺に行き其後終日麥刈り。夕方濕田を少しかく。
父は午後茶市へ行かる。(買物に)


●昭和十年五月二十九日 水曜日 曇(第七巻)

午前は麥刈りにて裸麥も済ます。午後は麥よせにて
二百五十ぱ程よせた。


●昭和十年五月三十日 木曜日 晴(第七巻)

終日せんば三ちょり立てゝ麥扱ぎをなす。
昨日よせたのは全部扱ぎ済ます。夕方又麥よせ。
百七十ぱをよせ裸麥全部をよせ終る。


●昭和十年五月三十一日 金曜日 晴(第七巻)

終日麥扱。朝方は扱ぎをし麥を乾す。
夕方畑麥を刈りてよせる。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:46| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月31日

1935年5月21日〜27日 父十六才の時の日記

1935.5.21-5.27.jpg

●昭和十年五月二十一日 火曜日 晴天(第七巻)

有田へリヤカーより甘藍賣りに行く。賣行よく一円十七銭を得た。
午前十一時半にかへり午後は辻へ春大豆のくぢり蒔きをなしに行く。
夕方甜瓜へ防虫網をして商の仕度をなす。


●昭和十年五月二十二日 水曜日 晴天(第七巻)

甘藍、馬鈴薯(斤五銭)、ピースをもって有田へリヤカーより
商に行く。賣行良好にて午前十時半頃かへり、まがの修ぜんを
なして、午後は養蚕棚を設置し籾摺にいって暮方かへる。


●昭和十年五月二十三日 木曜日 晴(第七巻)
終日山行きにてしばをリヤカーより運搬す。
朝食前山ノ田橋の土面つくりだった。(小麥袋の配付もある)
晩は温床の障子はりをなす。


●昭和十年五月二十四日 金曜日 晴(第七巻)

終日しば運搬だった。父は午後同年宴會に行かる。


●昭和十年五月二十五日 土曜日 晴(第七巻)

午前は今濕田の荒起し。午後は緑肥耕込みをなす。
晩は小学校へ映画見に(ブラジル移民)行く。


●昭和十年五月二十六日 日曜日 晴(第七巻)
終日濕田、春田の緑肥耕込。夕方蓮田の除草及び鶏糞の施肥をなす。


●昭和十年五月二十七日 月曜日 曇後雨(第七巻)

午前中は鶏舎の掃除をなしてから麥刈りだった。
午後は訓練にて軍事講演會行はる。歸途は雨のため
籾も摺らずにかへる。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 05:21| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

1935年5月16日〜20日 父十六才の時の日記

1935.5.16-5.20.jpg

●昭和十年五月十六日 木曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍賣りに行く。誰も連はなく一人だった。かなり賣れ
斤三、四銭にて昨日と同じ。手取金一円二十六銭。
正午にかへり午後は籾摺りに行き長崎へ白米一俵も送る。
晩はお茶もみにて十一時頃までかゝる。


●昭和十年五月十七日 金曜日 晴(第七巻)

午前は春大豆のくぢり播き。午後は訓練にて佐世保、重砲の
木原にて演習実況見学だった。
夕方商の仕度。甘藍をとり玉葱七斤を集めた。


●昭和十年五月十八日 土曜日 雨後晴(第七巻)

午前は雨だった。有田へリヤカーより甘藍、玉葱(七斤)を
賣りに行き商人が雨の為少く賣行良好にて一円四十二銭をとった。
午後は早岐の茶市見物に出かけて崎岡へ子供用自轉車のタイヤの
取付けに行く方針のもとに廣田へ泊る。晩は晩の町見物に行く。


●昭和十年五月十九日 日曜日 曇(第七巻)

朝食後直ちに崎岡へと出発す。午前八時半頃に到着しタイヤを取付後
午後三時前直ちに歸途に上った。三時半過歸宅、其後明日の商準備。


●昭和十年五月二十日 月曜日 晴(第七巻)

リヤカーより有田へ甘藍、玉葱を賣りに行く。商人多く賣行不振にて
玉葱の如きは持もどるに至ったが賣上一円二十銭。十二時半にかへり
(姉は賣行特良にて一円六十六銭賣上げられたそうだ。豌豆)
午後は早生甘藍田圃の整理をなし下葉を緑肥として水田を運ぶ。
夕方又商の仕度。父は昨日より春田の緑肥すき込み。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 06:05| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

1935年5月8日〜15日 父十六才の時の日記

1935.5.8-5.15.jpg

●昭和十年五月八日 水曜日 晴(第七巻)

午前は春田耕耘一反足らずを耕す。
午後は山へしばまるかしに行った。


●昭和十年五月九日 木曜日 晴(第七巻)

終日山へしばまるかし。甘藍をとって市場行きの準備をなし
夕方ピースを十斤ばかり取る。父は苗代の種蒔きだった。


●昭和十年五月十日 金曜日 晴(第七巻)

甘らん、ピースをもって市場へ行き斤一銭八厘、四銭にて
手取金僅かに一円二十一銭だった。ズボン、さるまたを
一円足らずがと買ってくる。歸宅後信用組合より石灰を
もってくる。午後は訓練だった。


●昭和十年五月十一日 土曜日 曇一時雨(第七巻)

終日田耕耘一反余を耕す。


●昭和十年五月十二日 日曜日 雨後晴(第七巻)

午前中は書斎にとじこもり軍隊の兄へ出す手紙の原稿をかく。
午後は春田をかく。二反足らずを済ます。


●昭和十年五月十三日 月曜日 曇(第七巻)

終日春田をかく。二反半余を済ませた。晩は崎岡へタイヤ
中袋の到着通知を出す手紙をかいた。


●昭和十年五月十四日 火曜日 曇雨(第七巻)

午前は濕田の耕耘をなし午後は養蚕棚を作る。
夕方甘藍を採取して明日の有田行を準備す。


●昭和十年五月十五日 水曜日 晴(第七巻)

姉と有田へ甘藍賣りに行く。賣行やゝ良好で一円二十五銭を
得した。(斤四銭より三銭。二銭五厘の卸)
午前十一時過歸宅。午後は濕田をかく。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 11:08| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

1935年5月1日〜7日 父十六才の時の日記

1935.4.25-5.2.jpg

1935.5.2-5.7.jpg

●昭和十年五月一日 水曜日 晴(第七巻)

午前六時佐世保卸市場へと甘藍四十斤をもって出発す。
斤三銭がへにて一円二十七銭の手取金であった。
午前十一時半歸宅。其後養蚕飼育箱の組立てにて
午後三時迄かへり……それから村花見にて賑やかす。

※斤:尺貫法の質量の単位。1斤は160匁で約600グラム


●昭和十年五月二日 木曜日 晴(第七巻)

青年支部の国道修理にて午までかゝる。午後苗代田をかく。
明日の商準備に甘らん。豌豆(えんどう)を取せる。
明日の八十八夜巡礼に崎岡の伯母や廣田の伯母さんが来らる。


●昭和十年五月三日 金曜日 晴(第七巻)

市場へ甘藍、ビースをもって行き甘らんは斤二銭三厘がへで
総手取金一円二十九銭だった。歸宅午前十時。
歸途郵便局に立寄り、振替注文不着の件を尋合せた。
午迄苗床田の再耕をなし、午後は訓練(今日より訓練服着用)
にて教練だった。晩は早速父より請求書をかいてもらう。


●昭和十年五月四日 土曜日 晴(第七巻)

終日苗代田を整地する。夕方蓮根を植付ける


●昭和十年五月五日 日曜日 晴(第七巻)

終日春田耕耘、一反七八畝を耕した。


●昭和十年五月六日 月曜日 晴(第七巻)

終日春田耕耘、一反半余を耕し午後四時過止めて
すきがしらを耕す。トマトの手入れもなす。


●昭和十年五月七日 火」曜日 晴(第七巻)

今日は井出開城三百五十周年。日露戦争三十周年記念日にて
薬王寺にて大賑ひだった。我等請訓は午前七時より十一時迄
小学校にありて閲兵及儀式が行はれ其後薬王寺前方附近にて
盛大なる射撃演習を挙行して午前十二時半終了。
食後、小学校に立かへり銃の掃除をなした。訓練は終る。
午後三時頃より薬王寺に行く。余興かれこれに楽しく面白く
其日を過し歸途につく。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 09:46| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.05-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。