今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年10月13日

1934年12月26日〜31日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十二月二十六日 水曜日 晴天(第六巻)

姉と二人有田へ〆縄賣りに行き總計一円六十三銭を賣り上げた。
母は早朝より廣田へ〆縄持って行かれ崎岡によられ梅、だいだい
かれこれの商の品求めに行かる。


●昭和九年十二月二十七日 木曜日 晴天(第六巻)

姉と二人松竹梅、〆縄の商に有田へ行き午後三時前にかえる。
(商状は松竹梅の賣行殊によく一生け十五以上に賣れ総賣上高
一円九十一銭を得た。)
其後又又翌日の商用意。夕方母も崎岡よりかへらる。
晩は注文の特大ごんぼ〆を作る。


●昭和九年十二月二十八日 金曜日 雨天(第六巻)

有田へ又松竹梅、〆かれこれをもって商ふ。
調子が良く賣行良好で二円四十三銭をとった。
しかし雨のため困ったが大した事もなかった。
午後四時頃かへり直ちに松とりに行く。(活花松用)
夕方又商用意。


●昭和九年十二月二十九日 土曜日 曇後晴(第六巻)

同じく有田へ姉と松竹梅、〆を商ふ。賣行不振でたった
七十四銭しか取らなかった。
午後二時頃かへり其後明日の佐世保へのお正月〆縄、
松竹梅商の準備。母は夕方頃より廣田迄行かれる。
晩はごんぽ〆を父と十五ばかり作り明日の仕度。



●昭和九年十二月三十日 日曜日 晴後曇(第六巻)

今日は佐世保へ正月商ひに午前三時半頃より出発す。歩ひて
八時前に着。商状大景氣で終日にわたり四円二十五銭を賣る。
午後六時にかへり晩は〆縄を二十七種作る。


●昭和九年十二月三十一日 月曜日 雨曇(第六巻)

朝方早くより降續く雨の中に自轉車より佐世保へ。今日は
悪い天氣に似相はず賣行かなりにて二円九十一銭を得、
商は夕方早く切上げ午後五時半歸宅。母は夜更歸へらるであらう。

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2006年10月12日

1934年12月20日〜25日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十二月二十日 木曜日 晴天(第六巻)

午前はカマブタの畑を耕しに行く。温床際の畑をも耕す。
そして整地一斉済す。
午後は姉と菊畑の仕柱を取ぬき菊の移植をなす。
父母は小麥播き。


●昭和九年十二月二十一日 金曜日 晴天(第六巻)

午前は中村方の堆肥を取り運ぶ。午後に及んで甘藍、小麥に
施肥する。裸麥を畑に蒔いてから甘藍の土寄せ。


●昭和九年十二月二十二日 土曜日 雨曇(第六巻)

午前は夏菊の移植をなす。午後は母と二人で草花夏菊一斉の
植えかへをなす。そして大晩生長崎白菜の定植。
父は庭木方の損害被山の取計ひに行かれ富田鷹四郎方の
願成就に行かる。


●昭和九年十二月二十三日 日曜日 雨曇(第六巻)

終日〆縄作り。父と晩もしめを作り福本方へ泊りに行く。


●昭和九年十二月二十四日 月曜日 晴曇(第六巻)

午前中は〆縄作り。午後は餅付。夕方は明日の有田への
正月〆縄商の仕度。


●昭和九年十二月二十五日 火曜日 晴天(第六巻)

親子三人連れで有田へと〆縄賣り。仲間も長谷川さんがある。
賣行良好で一円五十二銭を得た。午後二時過頃かへり直ちに
松取りに行き又翌朝の商仕度。

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2006年10月11日

1934年12月15日〜19日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十二月十五日 土曜日 晴天(第六巻)

午前中は玉葱植へ。午後は大豆、蕎麥を収納し、
父姉小生三人は芝居見に行く。


●昭和九年十二月十六日 日曜日 晴天(第六巻)

午前中は玉葱植付。午後は長谷川安さん所の籾摺。
姉は宮村へ女子青年團大会へと終日留守。晩はしめ作り。


●昭和九年十二月十七日 月曜日 曇天(第六巻)

午前中は一ノ瀬方の籾摺。午後は玉葱植付。晩はしめ作り。


●昭和九年十二月十八日 火曜日 晴天(第六巻)

午前中は子牛買ひに谷口さんがこられたのでかれこれ暇がとれ
三十五円に賣られる。大根を辻から一荷父とよせる。
午後は春田の塊打ち。母は終日大根漬け。


●昭和九年十二月十九日 水曜日 晴曇(第六巻)

終日玉葱植付。植込全済して午後は早々と上り
其後新開田の麥の生え切れを補播した。

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2006年10月10日

1934年12月13日〜14日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十二月十三日 木曜日 晴天(第六巻)

富田君と二人連れにて佐世保卸市場へとビーツ十四ぱ程を
もって行く。到着して山村君も来ていた。
歸途同乗してちょっと公民校に立寄ってくる。
午後は父と溝べたの小麥田を発芽不良と認めたので
(確か下種直後の大雨の為土を し豆粕肥料が発熱腐敗し
同時に麥種迄に影響したのと見られる。)
二番播をなす。早夕より富田君と芝居見にいった。


●昭和九年十二月十四日 金曜日 晴天(第六巻)

午前中は籾摺に行く。午後も籾摺に行って午後三時頃かへる。
九俵一斗程を摺上げた。
午後は其後大豆を収納して温床土混入堆肥に石灰を加入す。
母は黒髪山へ熊笹取りに行かれ晩遅くかへらる。姉は又芝居へ。

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2006年10月09日

1934年12月9日〜12日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十二月九日 日曜日 晴天(第六巻)

午前中は籾をほしてムクロを全部取り茄子の跡を整理する。
午後は畑小麥作り。豌豆畑の中耕をもなして来る。


●昭和九年十二月十日 月曜日 晴天(第六巻)

姉と二人で籾をほす。終日辻へ畑小麥作り。
夕方つかの狭の土かぶせをしていなかったのに行ふ。


●昭和九年十二月十一日 火曜日 晴天(第六巻)

籾ほしをなす。午前はかまぶたの畑を整理して耕し
午後は小麥を播く。夕方又土かぶせを行ふ。
長崎の姉所より御歳暮を戴く。家の光も同送す。


●昭和九年十二月十二日 水曜日 晴天(第六巻)

午前は長崎へ糯米一俵をし送付する。
午後は父を耕したる前畑くるをなす。
父と姉は早夕より(午後三時半過)芝居見物に行かる。
晩は笹口のおばさんが日宇からおいでになし親しく語られた。
僕は富田君方へ遊びに行く。

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2006年10月08日

1934年12月1日〜8日 父十五才の時の日記

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大十二月

●昭和九年十二月一日 土曜日 晴曇(第六巻)

午前は坂本方の籾摺をなし午後は小麥作り。
夕方早生甘藍の定植をなす。


●昭和九年十二月二日 日曜日 曇天(第六巻)

終日裸麥を作る。夕方早生甘藍の定植。
晩は婦人講だった。


●昭和九年十二月三日 月曜日 曇天(第六巻)

終日裸麥作り。夕方早生甘藍の定植をなす。


●昭和九年十二月四日 火曜日 曇後雨(第六巻)

午前中は暁の雨の為麥作中止。僕は秋胡瓜の仕柱をとく。
午後は雨となったのでしめ縄を作る。


●昭和九年十二月五日 水曜日 曇雨後晴(第六巻)

午前は辻へ大根掛けに行き午後は〆縄作り。
父も小じめを作らる。


●昭和九年十二月六日 木曜日 晴天(第六巻)

午前八時半登校。中食後にかへり午後は裸麥作り。
晩は餅を付かる。


●昭和九年十二月七日 金曜日 晴天(第六巻)

終日つかの狭に小麥を作る。多混其上朝露のため大へん困る。


●昭和九年十二月八日 土曜日 晴天(第六巻)

午前は早生甘藍の定植。午後は里芋揚げ貯蔵をなす。
父は寺講にも行かる。

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2006年10月07日

1934年11月21日〜30日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十一月二十一日 水曜日 晴天(第六巻)

終日」いかりわのにわび。赤神力を全部乾して蔵に貯入する。
夕方僕は中生甘藍の移植。


●昭和九年十一月二十二日 木曜日 晴天(第六巻)

終日甘藷掘り。一日にて終る。


●昭和九年十一月二十三日 金曜日 晴天(第六巻)

終日小麥作り。溝べた七畝足ずをつくる。


●昭和九年十一月二十四日 土曜日 晴天(第六巻)

朝方長崎へ白米を發送しに行き十時頃かへる。
終日小麥作り。姉は有田へ菊うりに行かれた。


●昭和九年十一月二十五日 日曜日 曇後雨(第六巻)

午前中は作り残しの新開田の小麥播。午後に及んでは雨と
なったのでしめ縄を作る。


●昭和九年十一月二十六日 月曜日 雨天(第六巻)

終日しめ縄作り(父は午前につと柿をされ、午後は二人で
ごんば〆を作る。)晩は藤村覚さんが来訪せられしと聞き
早速母と中泊宅に●●●夜遅くかへる。


●昭和九年十一月二十七日 火曜日 雨曇(第六巻)

終日〆縄作り。午前中は覚さんが遊びにこられ午後五時の
汽車にて長崎へと歸られた。
夕方五時前崎岡へ長崎小春種を持って行き暗きに至って
やっと届く。晩は色々な話で夜遅く就床。


●昭和九年十一月二十八日 水曜日 晴天(第六巻)

午前中は本家の残柿を取ってやり中食後直ちに崎岡を出発した。
午後一時半にかへり父と籾摺に行く。


●昭和九年十一月二十九日 木曜日 晴天(第六巻)

終日蕎麥刈りを済ましてから秋大豆引きに大根揚げ。


●昭和九年十一月三十日 金曜日 曇雨(第六巻)

午前は中村方の堆肥を我家へ運びあ糯米二俵を組合へ出しに行く。
午後一時半の汽車で兵隊見送に行き、午後は辻へ大豆引に行く

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2006年10月06日

1934年11月13日〜20日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十一月十三日 火曜日 雨曇(第六巻)

午前は稻扱。父と姉は小雨の中に稻をよせらる。
午後も稻扱。犁のみのたゝきのべにもいく。


●昭和九年十一月十四日 水曜日 晴天(第六巻)

終日稻扱。稻も午後は二百余束をよす。
父は柚木へ用件に行かる。
笹口のおばさん来られ夜中は賑ふた。


●昭和九年十一月十五日 木曜日 晴天(第六巻)

午前は稻扱。一人で八十束を扱ぐ。姉は有田へ菊賣りに行かる。
午後は通夜角力で其準備だった。我々青年は夜に及んで揚々に出で
角力一つとらないで果子なんかで趣味を興かす。


●昭和九年十一月十六日 金曜日 晴天(第六巻)

終日田鋤一反七八畝を起す。


●昭和九年十一月十七日 土曜日 晴曇(第六巻)

午前中は田鋤。午後は籾摺に行き三時過より
一畝余の田を鋤き甘藍を植へる田をかく。


●昭和九年十一月十八日 日曜日 雨天(第六巻)

午前は朝方高菜の定植をなし其後午後にわたって父と藁細工
しめ縄作りかれこれ。


●昭和九年十一月十九日 月曜日 晴天(第六巻)

雨後の為午前はしめ縄作り。
午後は二時過より蓮根を一荷ばかり掘る。
父は笹口徳治氏より買はれし畑地山林の登記に行かる。


●昭和九年十一月二十日 火曜日 晴天(第六巻)

終日にはびをなし赤神力を済ます。夕方乾終りし赤神力を
籾摺に行く。夜に至ってかへる。

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2006年10月05日

1934年11月6日〜12日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十一月六日 火曜日 雨天(第六巻)

終日稻扱。五百束余を片附けた。午後父は寄りに行かる。


●昭和九年十一月七日 水曜日 晴曇(第六巻)

午前中は柿取、午後も辻へ四寸ぼうを取りにいく。
其後百束足ずの稻をよせ、夕方父と鶏舎の壁ぬり。


●昭和九年十一月八日 木曜日 曇時々雨(第六巻)

午前中は稻扱。午後は父といゝじをつくる。
父は藁をすぐらる。
数年前私家の部屋に宿住せし端澤さんの長息むつ雄さんが
東京から下って来たとて相拶にこられ改めて又来るといって去らる。


●昭和九年十一月九日 金曜日 晴天(第六巻)

胡瓜をもって市場へといく。今日はかない好く行った方で
一本大は二銭、一銭三厘だった。姉も柿や菊をもって佐世保へ
行から午後四時頃かへらる。
午後は籾を少し乾し、父達は稻をまるかされたので盛んに姉と
寄せ二百五十余束をよせた。


●昭和九年十一月十日 土曜日 晴天(第六巻)

午前中は稻扱。午後も稻扱を四時頃までやって後、
稻よせ三車をよす。


●昭和九年十一月十一日 日曜日 晴天(第六巻)

午前中は稻扱。午後も一すえを扱いでから稻よせ。
二車をよせ苗代田をよせ二百五十余束を取込む。


●昭和九年十一月十二日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は稻扱。午後も藁を上げて一すえを扱ぎ又稻よせ。
五車をよせた。母は崎岡に行かる。
父は夕方日出しの米村方の死去にいかる。

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2006年10月04日

1934年11月1日〜5日 父十五才の時の日記

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小十一月

●昭和九年十一月一日 木曜日 雨一時曇(第六巻)

午前は下駄のを立てに草履を一足作りのこの目立て。
午前も雨のため牛のくら修繕、鋸の目立て。


●昭和九年十一月二日 金曜日 曇晴(第六巻)

午前は田鋤き。少しは混過だった。早生田の麥田●起しは済む。
午後は父と籾摺に塩屋迄二度なす。
六俵余の摺上げだった。昨は婦人講であった。


●昭和九年十一月三日 土曜日 晴天(第六巻)

終日稲刈り。三反歩程をかる。


●昭和九年十一月四日 日曜日 晴天(第六巻)

明治節菊花の香

終日稲刈り。田原は済む。
夕方三時頃より籾摺に行く。夜に至ってかへる。


●昭和九年十一月五日 月曜日 晴曇(第六巻)

午前中は稲刈り。後五畝歩にて稲刈りは終る。
午後は雨模様を呈したのでしぶ柿を取ってから盛んに稲をよせた。
五百束程余をいないこむ。晩はいゝじをつくる。

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2006年10月03日

1934年10月26日〜31日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十月二十六日 金曜日 晴(第六巻)

胡瓜、菜豆をもって市場へ行き。
玉葱六叺は一銭三厘がへであった。
午前にかへり午後は又玉葱の出荷準備。
夕方結才の出荷用意。


●昭和九年十月二十七日 土曜日 晴(第六巻)

高川君と二人連れで市場へと行く。
今日の玉葱は十一個で一銭二厘がへである。
結才は四銭五厘。
午前十時にかへり其後又玉葱の出荷準備。六俵を仕上げ
夕方遅く自動車より送る。


●昭和九年十月二十八日 日曜日 晴(第六巻)

結才四十斤余を積んで市場へと行き三銭五厘がへ。
玉葱は一銭一厘がへであった。
午前にかへり午後は田鋤き。


●昭和九年十月二十九日 月曜日 晴(第六巻)

午前は田鋤。午後は査閲で學校へ行く。
(牛石山口新四郎宅鶏宅火災のため歸途は争動する。
発火の原因は初生雛の温火からであった。しかし大事に
至らず鶏舎のみにて済む。)夕方籾摺に行く。


●昭和九年十月三十日 火曜日 晴(第六巻)

終日田鋤き。夕方商の準備。結才四十斤余を。


●昭和九年十月三十一日 水曜日 雨後晴(第六巻)

市場へ行く。結才は三銭がへであった。雨のため歸途は
ずっほりぬれた。正午にかへり午後はビーツの追肥なんか
をなす。父は柚木に行かる。
姉母はくんち商で佐世保より三時半頃かへらる。

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2006年10月02日

1934年10月20日〜25日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十月二十一日 日曜日 晴(第六巻)

終日稻扱。しかし午後は百四十ぱ程の稻をよす。


●昭和九年十月二十二日 月曜日 晴曇(第六巻)

終日稻扱。早生糯迄扱済ます。二百六十ぱを片附け
夕方父と籾摺に行く。
母は吉福の供日市に出店され好成績にてかへらる。


●昭和九年十月二十三日 火曜日 雨曇(第六巻)

終日供日遊びで晩は村社祭の狂言を見に行く。散髪をなす。
日宇から二人、廣田より二人、崎岡から一人こられて夕方かへらる。


●昭和九年十月二十四日 水曜日 雨曇(第六巻)

午前はアスターの播種、甘藍の假植をなし堆肥を積かへた。
午後は玉葱床の除草。深葱の土寄せ。


●昭和九年十月二十五日 木曜日 晴(第六巻)

朝方胡瓜を取り、終日玉葱の出荷の準備。
十叺を仕上げ六叺(百斤入)を丸の自動車より野菜市場へ送る。

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2006年10月01日

1934年10月15日〜19日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十月十五日 月曜日 雨後曇(第六巻)

法草、菜豆をもって市場へと行き、かへりに粟二十四斤、
松たけ五斤半を仕入れてくる。
午後は稻扱。夕方塩屋まで籾をはこんでおく。商の仕度。


●昭和九年十月十六日 火曜日 雨曇(第六巻)

菜豆二十五斤程をもって市場へといき塩屋へ寄ってかへりに
長崎へ白米を送る。午後甘藍の移植。
(日出ノ米村三郎太方のおばあさん死亡)


●昭和九年十月十七日 水曜日 晴曇(第六巻)

午前は藁をあげ養蚕室棚とき整頓。
午後は稻田のよけさらへ。夕方稻を少しよせ早生甘藍の假植


●昭和九年十月十八日 木曜日 晴天(第六巻)

(高菜の播種)
朝方胡瓜を取って午前八時半登校。明朝の市場行を間先生と
約束して午後一時歸宅。
午後は稻を少し扱ぎ、にはびをなして夕方商の仕度。
(午前ハ早生糯ヲカリ済サル)


●昭和九年十月十九日 金曜日 晴天(第六巻)

胡瓜一〇〇本余、菜豆三斤をもって市場へ。
午前十二時前にかへり午後夕方稻をまるかして少しよせる。
晩母が崎岡よりかへらる。

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2006年09月30日

1934年10月11日〜14日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十月十一日 木曜日 晴天(第六巻)

午前五時半出發。胡瓜、菜豆、白菜をもって市場へと行き
歸りに校授業をうけて、午頃かへる。
午後は一生懸命姉と二人稲扱。二百余束をかたずけた。


●昭和九年十月十二日 金曜日 晴天(第六巻)

朝方藁を上げて午前は塩屋へ籾摺に(飯米二斗余)行き
午後は中村方の馬糞堆肥を車力で運来する。其の後稻刈り。


●昭和九年十月十三日 土曜日 晴天(第六巻)

終日稻刈り。一反七八畝を済ます。
午間にかぶの害虫駆除。


●昭和九年十月十四日 日曜日 晴後曇(第六巻)

午前は大晩生長崎白菜、春若大根の播種。
午後は稻扱、夕方商の仕度。(菜豆をとる)

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2006年09月29日

1934年10月6日〜10日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十月六日 土曜日 晴天(第六巻)

恵まれし運動会。今日は雨もからりと晴れて朗らかな
運動会気分が湧起る。盛大なる大運動会も午後四時を
もって千秋楽を遂げた。
夕方九條葱の播種。明日の市場行で菜豆を取る。
胡瓜の準備は朝方なした。


●昭和九年十月七日 日曜日 晴天(第六巻)

午前六時十分佐世保卸市場へと出發。歸途は強風にて困る。
午後十二時半歸宅。
午後は収納屋を整頓して稻の二十余束を扱ぎ、夕方豌豆を播く。
(茂木、グリンピース)白菜を引いて市場行の準備。


●昭和九年十月八日 月曜日 晴天(第六巻)

菜豆、白菜を持って市場に行く。午前十時歸宅。
トマトの仕柱をときくやし、午後は豌豆へ施肥し播きし
まゝなるものに土をかぶせる。
夕方甘藍の施肥中耕をなしてから米 きに行く。


●昭和九年十月九日 火曜日 晴曇(第六巻)

午前は朝方堆肥の切かへをなして稻刈り。
午後は稻刈り、夕方堆肥の積かへ。


●昭和九年十月十日 水曜日 晴曇(第六巻)

午前は秋胡瓜、白菜の採取、結菜畑の中耕、玉葱床の除草。
午後はビーツ、大根かぶ、法連草畑の中耕除草、
サダヤ甘藍の播種をなす。夕方菜豆をとる。

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2006年09月28日

1934年10月1日〜5日 父十五才の時の日記

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大十月

●昭和九年十月一日 月曜日 晴曇(第六巻)

終日牛蒡畑を深耕して播種する。


●昭和九年十月二日 火曜日 晴天(第六巻)

午前はかまぶたの菜豆畑の跡を整理し午後は蓮根を
姉と二人で掘り出す。


●昭和九年十月三日 水曜日 雨天(第六巻)

午前は障子のはりかへに手傳ひ。
玉葱の覆を取る。
午後かごの内覆をあむ。縄も少しなふ。


●昭和九年十月四日 木曜日 晴曇(第六巻)

白菜、菜豆をもって市場へといき、午前十時半にかへる。
午後は胡瓜畑の除草をなし長崎の兄さんが来なさったので
蓮を掘ったり芋、里芋、玉葱とかれこれ土産の仕度をして
駅までか叺一つを手荷物便にて送りに行く。
兄さんは明朝一ばんの汽車にてかへられるのだ。


●昭和九年十月五日 金曜日 雨天(第六巻)

我小學校秋季大運動會は雨のため順延さる。
終日藁細工。

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posted by gaku at 12:32| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.10-12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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