今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年09月15日

1934年7月26日〜31日 父十五才の時の日記

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●昭和九年七月二十六日 木曜日 晴天(第六巻)

朝方秋トマトの定植。午前は其後甘藍跡畑の除草。
午後は荒畑を耕し菜豆畑の除草。


●昭和九年七月二十七日 金曜日 晴天(第六巻)

午前は甘藍畑跡の除草をなし、午後は小屋元の
荒畑の除草をなし夕方菊の定植。


●昭和九年七月二十八日 土曜日 晴天(第六巻)

朝方法連草、ビーツの播種
(石灰施用し酸性中和以て発芽容易ならむ)
午前は甘藍畑跡の除草。午後は粟播き、夕方又菊植え。


●昭和九年七月二十九日 日曜日 晴天(第六巻)

今日は土用丑ノ日で姉は佐世保へ商(ほうづき、玉葱)
母も附近へ行かる。父と二人で粟播き、
午間はしじみ貝取りに行く。
夕方塩屋へ籾摺に行き、夕方又も菊播き。


●昭和九年七月三十日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は辻のトマトの荒地を開地し除草耕耘。
午後は秋大豆の中耕に粟播き。


●昭和九年七月三十一日 火曜日 晴天(第六巻)

午前は辻の秋大豆の中耕及び牛蒡、人参の除草、ラッキョの植付。
午後は秋胡瓜の耕地を除草焼揚する。


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2006年09月14日

1934年7月21日〜25日 父十五才の時の日記

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●昭和九年七月二十一日 土曜日 雨曇(第六巻)

午前は水田の中耕(新開一反余を)
午後は入口の桑園の除草。
笹口徳次方より石灰を相談してくる。


●昭和九年七月二十二日 日曜日 雨曇(第六巻)

空梅雨だったからとてか近頃は濕雨で梅雨代りかとも思はる。
午前中は水車の中耕。二番車押を済り三番目に取かゝる。
午後は辻の大豆畑の除草。
満州鷹野農園からと野崎採種場からと注文せし種子来る。
(秋胡瓜五勺、夏甘一勺、野白一勺)
午間に夏蒔甘藍の播種。


●昭和九年七月二十三日 月曜日 曇(第六巻)

終日強風。午前中は茄の支柱を切りにいって立て
秋作トマトの前整地(青枯豫防殺菌のため石灰、墨を用いる)
で終日にわたる。夕方小屋元の荒畑の草を沸。


●昭和九年七月二十四日 火曜日 雨(第六巻)

終日雨のため家にありて暑中見舞をかいたり
収納屋を整頓する。


●昭和九年七月二十五日 水曜日 雨曇(第六巻)

朝辻へトマトを取りにいく。
午前八時登校。正午にかへり午後は深水田の草取り。
夕方秋トマトの定植。

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2006年09月13日

1934年7月15日〜20日 父十五才の時の日記

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●昭和九年七月十五日 日曜日 晴天(第六巻)

午前茄子、里芋畑の土寄せをなし、自轉車のパンク修繕。
午後はぎおん遊びにて種苗目録を見たりする。
数ヶ月前より病で近頃除隊されて原病院に入院されて居った
坂本兼市君が突然病重くなりて今朝死亡された。
あゝ何たる運命のいたずらか。


●昭和九年七月十六日 月曜日 晴天(第六巻)

終日田の中耕、除草。夕方坂本方の葬式に行く。
野崎夏蒔甘藍を注文する。


●昭和九年七月十七日 火曜日 雨後晴(第六巻)

朝方は大雨。終日村御祈祷。
夕方水田の中耕、除草。


●昭和九年七月十八日 水曜日 晴天(第六巻)

終日水田の中耕。夕方トマトを取りに行く。(車力の検査)


●昭和九年七月十九日 木曜日 晴天(第六巻)

朝方六畝歩程水田の中耕をなし登校。
兵隊さんの出迎えに行く。午後は一ノ瀬方の水田の中耕。


●昭和九年七月二十日 金曜日 曇一時雨(第六巻)

終日水田の中耕。夕方トマトのか假植をなす。

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2006年09月12日

1934年7月6日〜14日 父十五才の時の日記

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●昭和九年七月六日 金曜日 晴天(第六巻)

終日田植。今日まで本田の分は済む。


●昭和九年七月七日 土曜日 晴天(第六巻)

終日苗代田の整理をする。
早朝早岐まで肥料買ひに行き蓮田に施肥す。


●昭和九年七月八日 日曜日 晴天(第六巻)

午前苗代田の田植(朝方大豆粕かひにいく)
午後田植済祝で休体する。


●昭和九年七月九日 月曜日 晴曇天(第六巻)

終日秋大豆の下種二畝歩余を播いた。
長崎五寸人参も一合播く。


●昭和九年七月十日 火曜日 晴天(第六巻)

午前は姉と辻の荒畑の整地をなし
午後は木豆を播き夕方有田への盆商ひの仕度をなす。


●昭和九年七月十一日 水曜日 晴曇(第六巻)

有田へ甘藍賣りに行く。午前九時にかへり桑畑の除草をなす。
午後は辻へ大豆を蒔きにいく。


●昭和九年七月十二日 木曜日 晴曇(第六巻)

姉と二人有田へ甘藍賣りに行き午前九時にかへり直ちに登校。
午後は商の仕度。


●昭和九年七月十三日 金曜日 雨曇天(第六巻)

有田へ母と商に行く。盆の花市がたった。
大雨でさほどまでもない。


●昭和九年七月十四日 土曜日 曇天(第六巻)

終日桑畑の除草。茄子、里芋、牛蒡畑の除草。
母は須古村の水戸詣り。
姉は晩、早岐のぎおんにはかに行かる。

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2006年09月11日

1934年7月1日〜5日 父十五才の時の日記

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大七月

●昭和九年七月一日 日曜日 曇後雨(第六巻)

午前有田へ玉葱を賣りに行き
午後は田植一反八畝をうへた。


●昭和九年七月二日 月曜日 晴曇(第六巻)

終日田植。家際の田は大分植付終る。


●昭和九年七月三日 火曜日 晴天(第六巻)

終日田植(庭木方の田を)二反余うへた。
庭木方の赤子争動で(急性肺炎とか)
人数が二人もへる。(水田の水がわく)


●昭和九年七月四日 水曜日 晴天(第六巻)

終日田植。今日も大分照りつくる。
六人で二反余を植へる。


●昭和九年七月五日 木曜日 晴天(第六巻)

終日田植。田原は大方済む。
おアイさんが加勢にこられた。

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2006年09月09日

1934年6月24日〜30日 父十五才の時の日記

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●昭和九年六月二十四日 日曜日 曇雨(第六巻)

有田へ商に行く。歸りには雨にぬれた。正午にかへる。
一円三十一銭を賣上ぐ。
午後は玉葱をくゝり夕方又商の仕度。


●昭和九年六月二十五日 月曜日 曇天(第六巻)

有田へ商に行き九十五銭を得た。其後午後に至りて
玉葱をくゝってつるし夕方又商の仕度。


●昭和九年六月二十六日 火曜日 晴曇(第六巻)

母と有田へ小車力より商に行き玉葱と甘藍とで
一円三十一銭を賣上げた。
午後は秋トマト、セルリー、アスターの床播をして玉葱を引く。
僕は辻のトマトの手入れ。一個だけ實を成熟していた。


●昭和九年六月二十七日 水曜日 曇晴(第六巻)

今日は補習學校の田植だった。午後二時頃終る。
其後玉葱をよせて玉葱の商仕度をなす。


●昭和九年六月二十八日 木曜日 曇晴(第六巻)

有田へ親子二人連で玉葱商に行き五円足ずがとして来た。
午後は里芋の中耕、茄の土寄せ、小豆の中耕をす。
小麥を夕方袋に入る片附ける。


●昭和九年六月二十九日 金曜日 晴曇(第六巻)

終日芋さし大がい済む事は済んだ。
そして里芋に堆肥を施す。又玉葱の商仕度をなす。


●昭和九年六月三十日 土曜日 曇天(第六巻)

終日田植。今日が植初め二反足ずを植へる。

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2006年09月08日

1934年6月19日〜23日 父十五才の時の日記

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●昭和九年六月十九日 火曜日 曇後雨(第六巻)

有田へ豆、甘藍、筍を賣りに行き一円二十八銭を賣った。
午後は茄に鶏糞を施し西瓜、胡瓜畑の敷糞をする。
そして玉葱をくくる。


●昭和九年六月二十日 水曜日 雨天(第六巻)

午前は姉と玉葱貯蔵する。午後は水田の畦草刈り。
福本七郎方の息数男君に見舞さる。


●昭和九年六月二十一日 木曜日 曇後晴(第六巻)

有田へ商に豆、甘らんをもって行く。
雨揚旬で路がわるく困る。九十七銭を得る。
午前十時にかへり其後玉葱を引揚げて玉葱畑、にんにく畑の
除草をなして水田の緑肥に運ぶ。
夕方商の仕度をなす。日宇のやくをさんが来らる。


●昭和九年六月二十二日 金曜日 晴曇(第六巻)

有田へ豆、甘藍を賣りに行き一円七銭がと賣る。
午前は歸って直ぐ玉葱を取込み、午後は玉葱を引く。
そして夕方小麥の収納をした。父は緑肥耕込みを済まる。


●昭和九年六月二十三日 土曜日 曇天(第六巻)

有田へ商に唯一人行く。そして一円二十一銭を賣上げ正午にかへる。
其後玉葱をよせて引いた分は全部済ます。

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2006年09月06日

1934年6月10日〜13日 父十五才の時の日記

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●昭和九年六月十日 日曜日 雨曇後晴(第六巻)

終日麥扱。午前まゆを共同販賣に出す。
正味十四貫一〇〇匁だった。


●昭和九年六月十一日 月曜日 晴天(第六巻)

終日麥扱。姉はまだ本當でない。三人でこぐ。
今日にてやっと裸麥だけは扱終る。
夕方トマトの手入れ(芽がのびすぎ大へん手ごむ)


●昭和九年六月十二日 火曜日 曇後雨(第六巻)

午前は蓮田の施肥(蚕糞)温床障子の取込保管す。
雨降来るため甘藷床に水肥を与ふ。
午後は振替をかく。秋胡瓜、秋トマトなんかを注文せんがため。
夕方商の仕度をなす。(金時豆、甘らん、玉葱)


●昭和九年六月十三日 水曜日 曇天(第六巻)

有田へ金時豆、甘藍、玉葱を賣りに行き豆は斤五銭で
卸にやって¥一円九銭を得た。
早く賣ったので午後(午前では?)九時歸宅し
午前は辻のトマトの手入れにいく。
午後は振替(南満州と京都のタキイ)をなす。
そして麥刈。夕方商の仕度をなす。(金時豆、甘藍、玉葱)

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2006年09月05日

1934年6月6日〜9日 父十五才の時の日記

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●昭和九年六月六日 水曜日 晴天(第六巻)

母も姉も寝込む。(風引き、母は胃の方)
そのため父と二人で終日麥刈り。はかどらず大へんくたびれた。
刈りにくかったので五畝歩程しか刈り得ぬ。


●昭和九年六月七日 木曜日 晴天(第六巻)

今日も父と二人で終日麥刈り。母は起きらる。
しかし姉がまだおきぬ。夕方まるかして寄せた大へん疲れた。


●昭和九年六月八日 金曜日 晴天(第六巻)

午前十時頃迄麥刈をして其後終日夜間に及んで麥摺のため
村のかく所を廻る。
父は終日麥をかられ今日にて裸麥は刈終られた。


●昭和九年六月九日 土曜日 晴曇(第六巻)

終日麥刈。市ノ瀬方の娘さんが加勢に来てくれたので
大へんさばけた。
午後麥摺にでて夕方麥よせ。麥よせ(裸麥だけ)は済んだ。
姉は起きたり寝たりす。

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2006年09月04日

1934年6月1日〜5日 父十五才の時の日記

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小六月

●昭和九年六月一日 金曜日 晴後曇(第六巻)

有田へ甘藍、玉葱をもって商に行き八十二銭を得た。
午後は麥を取込んで少しばかりこいだ。
そうして肥しを野菜に施す。


●昭和九年六月二日 土曜日 曇後大雨(第六巻)

有田へ甘藍、玉葱賣りに行って午前十一時にかへる。
八十一銭がと賣る。
午後は大丈夫兄の三年忌でお寺に行き三時頃かへる。
雨が降ったので雨中に蓑を着て茄子の補植して蓮田を又耕す。


●昭和九年六月三日 日曜日 半晴(第六巻)

午前は朝方茄苗をこがしてからお墓参りに行き
麥扱せんばの修繕をなす。
午後は甘藷床の除草をなし三時半頃より麥摺だった。
父は麥田崩し(新開きを)


●昭和九年六月四日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は甘藷床の除草。午後は桑園の中耕をなす。


●昭和九年六月五日 火曜日 曇天(第六巻)

有田へ甘藍、玉葱を賣りに行く。
午後は父と桑園に肥料を施し(石灰窒素)夕方麥を刈る。

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