今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年09月03日

1934年5月26日〜31日 父十五才の時の日記

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●昭和九年五月二十六日 土曜日 晴(第六巻)

午前四時半佐世保市場と自轉車より行く。
玉葱は斤一銭六厘がへで四百十二斤収得金六圓十一銭を…
(里芋十三銭、パセリ四銭)
午前十時過にかへり午後は辻のトマトの手入れに行く。
(摘芽くゝりつけ)


●昭和九年五月二十七日 日曜日 晴後曇(第六巻)

有田へ甘藍の商ひに行き七十三銭(玉葱十七銭、芋芽三銭とで)を得た。
午後は早生甘藍田のそうざけをなして夕方桑畑摘み。


●昭和九年五月二十八日 月曜日 曇後晴(第六巻)

朝方桑をつみ午前は菜豆畑の中耕、茄の除草をなす。
午後は辻の荒畑を耕し夕方父と大根種を引あげて跡に
ハブ茶を播いた。


●昭和九年五月二十九日 火曜日 晴天(第六巻)

有田へ甘藍賣り(五十五銭)に行き(補習学校をも甘藍販売を
なしたので続けて賣る。)午後十二時半歸。茄子の中耕をなす。


●昭和九年五月三十日 水曜日 晴天(第六巻)

有田へ甘藍賣りに行き(七十五銭)午後は父と麥を刈る。
夕方塩屋へ籾摺に行く。


●昭和九年五月三十一日 木曜日 晴天(第六巻)

午前は麥刈り(新びらき一反三畝をかってしまふ)
午後は駐射にいってから収納屋を整理して、
夕方甘藍、玉葱を用意する。

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2006年09月02日

1934年5月20日〜25日 父十五才の時の日記

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●昭和九年五月二十日 日曜日 雨天(第六巻)

午前三時半起床、四時半出發。有田に行く迄は雨はふらぬ。
甘藍はよくうれた。一斤が三銭四銭。
午前十一時半歸宅。午後は雨のため何一つしなかった。


●昭和九年五月二十一日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は有田へ甘藍賣りにいって正午にかへる。
今日は昨日より調子が悪く八十六銭を得た。
午後は甘藍をとって商の仕度をなす。玉葱をも少しとる。


●昭和九年五月二十二日 火曜日 晴天(第六巻)

今日も有田へ甘藍賣り。商人は大分多かったが調子がよくて
早く賣れ九十四銭を得た。午前十時半にかへる。


●昭和九年五月二十三日 水曜日 晴天(第六巻)

今日も有田へ甘藍賣りに行き午前十一時過にかへる。
出廻りが非常に多く斤二銭がへ位だ。七十銭を得た。
午後はチブス豫防注射にいってから玉葱を引いて
市場出しの仕度をなす。


●昭和九年五月二十四日 木曜日 晴天(第六巻)

朝方桑を摘んで午前八時半登校。午近くにかへり午後は又玉葱の
仕度をなす。(七福自動車が今朝積んでくれなかった)
昨日の三叺と今日の二叺で五叺を明日もって行かうかとかれこれ
仕度する。


●昭和九年五月二十五日 金曜日 晴天(第六巻)

今朝も七福自動車がぺそしたので終日甘藷床の除草及び菜豆の
中耕をなした。
夕方七福にこんとば是非共荷だけなりと積んでもらをうかと
頼みに行ったら今晩下るといった。
晩八時過つんと行ってくれた。

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2006年09月01日

1934年5月14日〜19日 父十五才の時の日記

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●昭和九年五月十四日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は博覧會にて姉が買ふてきた粉砕器にて糯粉をひく。
午後は写真を写したりして遊ぶ。


●昭和九年五月十五日 火曜日 晴天(第六巻)

午前は自轉車のパンクを修繕し十一時頃より忠靈塔へ
大村十二機の乱舞するのを見にいったが頂上迄のぼらぬ内に
済んでがっかりした。
午後はわれ木をわり晩はぼたもちの御馳走。


●昭和九年五月十六日 水曜日 晴天(第六巻)

午前十時前長崎を出發して我家に着いた時は午後四時過だった。
歸りには行きがけのやうにはつかれなかった。
其後夕方西瓜防虫網を覆ふ。


●昭和九年五月十七日 木曜日 曇天(第六巻)

午前八時半登校。午後一時歸宅し朝鮮の兄へ手紙を出し
(長崎へもハガキを)夕方瓜類に防虫網を覆ふ。


●昭和九年五月十八日 金曜日 曇天(第六巻)

午前は桑畑の間作として大豆を作り午後は早岐茶市へと行く。


●昭和九年五月十九日 土曜日 雨後曇(第六巻)

午前は芋床の除草をなし雨が降ったので甘藍を収穫して
商に行く仕度をなす。午後は又桑園に大豆を作る。
晩は坂本方にふろ入りに行く。

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2006年08月31日

1934年5月7日〜13日 父十五才の時の日記

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●昭和九年五月七日 月曜日 晴曇(第六巻)

午前は菜豆畑の土寄せをなし溜池のたてひをコンクリート製と
取替へた。中食を早く済まし小麥ま積んで有田陶器市へと向ふ。
焼物見物をして夕方かへる。母は澤山焼物を買ってこらる。


●昭和九年五月八日 火曜日 晴曇(第六巻)

午前九時二十九分の汽車より満州衛兵隊を見送り。
終日トマトの手入れ(施肥、土寄、支柱たて)


●昭和九年五月九日 水曜日 雨天(第六巻)

午前はトマトの手入れ(支柱をたてた)
午後は雨がばらついたのでしばをよせた。


●昭和九年五月十日 木曜日 雨天(第六巻)

午前八時過登校。午後一時歸宅。
午後は遊び夕方養蚕用の飼育箱をこしらえる。


●昭和九年五月十一日 金曜日 雨後曇(第六巻)

午前は養蚕飼育箱をこしらへ午後は明日長崎自轉車旅行の
用意をなす。晩は頭をつむ。ふろには」ゆっくりいった。


●昭和九年五月十二日 土曜日 晴天(第六巻)

午前五時起床。朝食後六時半過直ちに自轉車より長崎へと出發、
車上にある事六時余間を以て長崎に至り西山町の姉宅に到着す。
(自轉車はパンクしなかった)
午後は写真撮影に趣味をわかす。

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2006年08月30日

1934年5月1日〜6日 父十五才の時の日記

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大五月

●昭和九年五月一日 火曜日 晴天 清潔法(第六巻)

午前中は大掃除にて手忙しく家際も綺麗に掃除する。
午後母と川際のしばを片附けた。
崎岡の房さんが有田の陶器市へ買物にとこられあいにく清潔法
にて差しつかへたので一應出直すといって歸へられた。


●昭和九年五月二日 水曜日 晴天(第六巻)

今日は道路修繕だ。早朝より出て午前にて終る。
午後は蓮を掘る。母は黒髪山巡り。
姉は有田の陶器市に行かれ晩近くにかへらる。


●昭和九年五月三日 木曜日 晴天(第六巻)

午前八時過登校。
學校よりアスパラガス(西洋うど)をもらってくる。
午後は蓮を掘る。母もほられた。
姉は中村方の工事の仕事に行かる。父は苗床をかかれた。


●昭和九年五月四日 金曜日 晴天(第六巻)

午後は籾摺りに肥料よせ(信用組合より)
午後は温床内に里芋を埋め甘藍畑の施肥土寄せ。
夕方籾殻をよせ燻炭製造(長崎の姉より手紙くる)


●昭和九年五月五日 土曜日 晴天(第六巻)

午前は苗代の準備をなし午後は菜豆畑の中耕、
父は苗代に籾を播かれた。


●昭和九年五月六日 日曜日 晴曇(第六巻)

播種を終った苗代に燻炭をふり蓮田を耕す。
午後は中食後直ちに籾殻をよせ甘藍畑の施肥中耕をなし
夕方蓮をほる。燻炭をも焼付けた。

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2006年08月29日

1934年4月27日〜30日 父十五才の時の日記

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●昭和九年四月二十七日 金曜日 雨天(第六巻)

今日はニハカの前げいこや準備で忙しい。下駄のをもたてる。
姉が長崎よりかへらる。


●昭和九年四月二十八日 土曜日 晴曇(第六巻)

何とめぐまれし天氣であらう。
雨はからりと晴れて祝ふべき我がお寺の新築落成式入佛式の
にはかにもってこいの日だ。
我が口ノ尾解も一流のにはかをつくって薬王寺へと向った。
僕も行く。午後四時頃賑ひ終り、其後終ひ祝で酒宴。


●昭和九年四月二十九日 日曜日 雨後曇(第六巻)

今日こそ一日を擧げて昨日の昨日の後祝で終日にぎあう。
僕は西瓜の防虫網をはる骨を二十余作製する。


●昭和九年四月三十日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は茄子畑をこがして母は商に行かれた。
其後屑茄子畑を假植して道路際の畑の垣をなす。
午後は糠かひにいって前田良市君を連れて来、写真術を教はり
(一つ手頭に仕上〈印画紙一枚〉してもらふ)
速座にけいこにのり原板仕上げをなして晩印画した所上手にできた。
(姉と富田辰美君を撮影する)冬蒔甘藍を久米君からもらって来て
定植する。

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2006年08月28日

1934年4月22日〜26日 父十五才の時の日記

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●昭和九年四月二十二日 日曜日 晴曇(第六巻)

午前は籾を乾してから辻の玉葱の除草。
午後トマトを定植し終へ玉葱の中耕をなす。
夕方四時過より籾を片附けて雨前の仕事をなす。
父は玉葱にアンモニアヲ与へらる。僕はセルリーを床に播き
茄子の補植をなす。晩は踊り見にいった。


●昭和九年四月二十三日 月曜日 雨曇(第六巻)

朝食前茄子及トマトの苗をこがして来て賣りにいく準備をして
母が木原方面に持っていく。賣行良好で十本が(十銭乃至十五銭)
だったそう。終日藁細工(細縄なひ)
姉が午前十時四十七分の汽車にて長崎へいく。


●昭和九年四月二十四日 火曜日 曇後晴(第六巻)

午前は朝食後苗賣の仕度にて十時過までかかる。
其後午後三時半頃迄細縄なひ。自轉車の手入をなしてふろをわかした。
暮近くに苗をこがす。
今日は苗の賣も上等で二円八十一銭がと賣ってこらる。
父は終日春田耕さる。晩ハ又踊のけいこ見にいく。


●昭和九年四月二十五日 水曜日 雨曇(第六巻)

午前は苗床田を耕し、午後はセルリーの定植、
西瓜、甜瓜、胡瓜を播種する。
父は薬王寺入佛式法要の評議に行かる。
晩は踊りのけいこ見に行く。


●昭和九年四月二十六日 木曜日 晴後曇(第六巻)

午前八時過登校(筍堀り)午後二時半歸宅。
其後又セルリーの定植。父は薬王寺の舞台かけに行かる。
夕方柚木の伯父さんがおいでになった。確しか債務関係だと。

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2006年08月27日

1934年4月17日〜21日 父十五才の時の日記

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●昭和九年四月十七日 火曜日 晴天(第六巻)

今日は招魂祭だったが行かなかった。姉は行く。
終日桑畑の土寄せ。今日にて全く終った。


●昭和九年四月十八日 水曜日 晴天(第六巻)

午前は里芋を作り(玉葱畑の間作として)玉葱の中耕をなす。
午後は牛蒡を播いて三時頃より玉葱の中耕。
父は夕方五時村寄りに山ノ田の橋に行かれる。
姉は夫人總會に行かれた。


●昭和九年四月十九日 木曜日 晴天(第六巻)

午前八時過登校、學校では間先生が職員協議會に出頭されていられ
留守なので三校時で済み。教室の掃除をなす。
午後十二時半歸宅。午後は種籾を池につけて父と二人辻へ行き
トマトを定植する畑を耕いた。


●昭和九年四月二十日 金曜日 雨後曇(第六巻)

終日自轉車の分解掃除に其の日をついやす。
夕方父とトマトの定植。
父は三川内へお金の催促に行かる。


●昭和九年四月二十一日 土曜日 晴天(第六巻)

朝方籾摺に塩屋まで行き其後福本森助方裏の玉葱中耕。
午後は温床際の玉葱畑の中耕をなし四時半頃より今日又籾が
乾いたので塩屋に行って摺って来る。
暮近くに又辻へトマトの定植にいく。姉は西連寺の賑ひに行かる。

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2006年08月26日

1934年4月12日〜16日 父十五才の時の日記

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●昭和九年四月十二日 木曜日 雨(第六巻)

登校午前八時過授業了りて横浜植木株式會社へ種子を注文するため
振替をして午後二時半過歸宅。其後他家に遊び廻り晩九時就床。


●昭和九年四月十三日 金曜日 雨後晴(第六巻)

終日藁細工(細縄をなふ)高川君及び富田君と僕と三人
午後は僕一人になる。午後は雨よりからりと晴れた。
父は庭木さんが購入された田地の登記に行ってやらる。


●昭和九年四月十四日 土曜日 晴天(第六巻)

午前は父とらっきょ畑の除草をなし、午後は中村方の馬糞堆肥を
桑園に運び胡瓜、西瓜、瓜のくらにも施す。午頃しはを一車す。
夕方深葱を掘って来てから温床の茄子の定植を行ふた。
姉午後崎岡よりかへらる。晩は青年會の結果、花見宴會は明日と
決定された。


●昭和九年四月十五日 日曜日 晴曇(第六巻)

今日こそ我々青年にとって楽しき且祝ふべき花見宴會だ。
午前より料理の手は切れず午後に至りてはより以上の複雑の
料理となりて夕方より盛んに飲み續たり。
會所たる小野進宅はくずれんばかりに賑いていよいよ午後八時半
宴會の幕を閉ぢて一同の者開散したり。
出しめ四十五銭、米五合、野菜


●昭和九年四月十六日 月曜日 晴天(第六巻)

午前中はかまぶたの桑畑まで堆肥を運ぶ。
午後に及んで土寄せをなす。晩は直ちに就床。

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2006年08月25日

1934年4月6日〜11日 父十五才の時の日記

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●昭和九年四月六日 金曜日 晴天(第六巻)

今日が福本方の葬式で僕も坂本淀さんと下波佐見の親類家まで
使ひに行く。父母等は終日葬事に當る。
僕は波佐見よりかへって来てから終日にわたり玉葱畑の除草。


●昭和九年四月七日 土曜日 晴天(第六巻)

終日玉葱の除草。母は佐世保巡りに詣でらる。


●昭和九年四月八日 日曜日 晴天(第六巻)

午前は辻に行って玉葱の除草中耕。父は畑際な松を倒ふさる。
午後は玉葱の除草中耕及甘藍の中耕をなす。
本田より種子来る。兄より便が来る。


●昭和九年四月九日 月曜日 晴曇(第六巻)

午前は玉葱の中耕。
午後は辻へ牛蒡播きに行き麥畑の土寄せを済ます。
在営の兄に手紙を出す。
姉は夕方崎岡へ着物縫ひに行かる。
晩柚木の明治さんが来らる。


●昭和九年四月十日 火曜日 曇一時雨(第六巻)

終日甘藍畑の中耕、除草をなす。
父は山ノ田の里道修繕事業へ母は江永へ商に行かれ
午後は蓮をほらる。


●昭和九年四月十一日 水曜日 曇一時晴(第六巻)

朝食後薪をわり其後終日にわたり家裏の畑を父と耕す。
夕方母とそこへ金時豆、秋蒔菜豆(種子採取)、馬鈴薯を下種す。
晩は明日のけんずい準備に取かゝらる。

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2006年08月24日

1934年4月1日〜5日 父十五才の時の日記

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小四月

●昭和九年四月一日 日曜日 晴曇(第六巻)

姉は有田へ商に母も附近へ行かる。
午前は温床内のトマト、茄子にアンモニアを与へ
高菜畑の中へ金時豆を作る。
姉よりきゃはんを賣ふて戴く。
午後は姉と二人で蓮を二か程掘る。
風呂をわかした。


●昭和九年四月二日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は高菜畑に金時豆を作。
其後終日にわたり辻の畑を深耕して牛蒡を播く。
母達は餅をつかれた。姉は有田へ商に行かる。


●昭和九年四月三日 火曜日 曇雨(第六巻)

今日は楽しき節句だ。何處になく喜ばしき笑が浮んでゐる。
午前は菊の仕柱をこしらえて午後は遊んだ。
そして夕方播きものをした畑に籾殻をふってやる。


●昭和九年四月四日 水曜日 曇天(第六巻)

終日玉葱の除草。母は昨より崎岡泊りて今日晩方かへられた。
(本田へ支那胡瓜の注文)


●昭和九年四月五日 木曜日 雨天(第六巻)

午前中は細工道具の整頓をなす。午後はここかしこの家に遊ぶ。
父は雨で終日床中にあられ体を休めらる。
三・四日前より中風で激しく衰弱しておられて福本方の父が
遂に死亡されたとの事である。

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