今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年08月06日

1934年1月27日〜31日 父十五才の時の日記

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●昭和九年一月二十七日 土曜日 晴天(第六巻)

朝養鶏室に行って見ればこれは何んたる事であらう。
中雛が二羽死んでいる。これはたしかにいたしの仕業であらうと
推察されるより他はなかった。
午前中はその死鶏を料理して姉が長崎に歸へられるので荷物を運
んでやる。午後零時二分三川内駅発の列車より歸途に向かわれた。
姉達が歸って後がすーっとしたようである。しかしさびしくは感
じない寧ろやかましくない。
午後は鶏舎の壁の崩れた所をぬる。父は玉葱の中耕を孤りされた。
夕方田中さんが嫁る件でこらる。


●昭和九年一月二十八日 日曜日 曇天(第六巻)

午前中は養鶏用の道具を修繕して収納屋を整頓する。
田中さんは朝食後歸へらる。
午後は深葱の假植をなして夕方遅くまでかかる。
入浴後直ちに就床する。


●昭和九年一月二十九日 月曜日 曇(第六巻)

午前は山へ薪木取り、コツバをかすってくる。
午後は自轉車のパンクをふせして後コッパを一二かいいなって
から辻の芋蔓をよせる。父は玉葱に鶏糞を施肥さる。

●昭和九年一月三十日 火曜日 晴天(第六巻)

終日桑木をつゝって廻る。全部済んだ。姉は生花のけいこ。
午間に写真の原枚(兄の写しておった)を撿す。
晩は電燈が消へたので直ちに就床。

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●昭和九年一月三十一日 水曜日 晴曇(第六巻)

公民學校の出席日なので午前八時過登校。今日は授業一校時ありて
後は温床の枠を作る。二間に四尺のとを。
午後二時半過歸宅。其の後父達と一所に桑畑の中耕をなす。
母は晩中村水車より茶子によばらる。

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2006年08月05日

1934年1月24日〜26日 父十五才の時の日記

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●昭和九年一月二十四日 水曜日 曇雪(第六巻)

公民學校の出校日なので登校九時。午後二時過にかへり其後
山へ木根腐敗土を取りに行き植木(らん)を植付けた。
父は廣田へ嫁もらひがつまらなかったといって行かれ女が又
後を追って他に嫁が居るからといって行かれた。
そして晩二人共かへらる。


●昭和九年一月二十五日 木曜日 晴曇雪(第六巻)

午前中は植木らんを植付終へて後くひをつゝって保存しておく。
午後は佐世保への商の準備。深葱ビーツを正味四十斤余卸市場
に出すのだ。晩は荷造り。


●昭和九年一月二十六日 金曜日 曇後晴(第六巻)

午前六時半に佐世保青果卸市場にと自轉車で出発し二時間程にて
市場に到着した。深葱二十六斤が二・六銭がへで六八銭、ビーツ
花椰菜は五十五銭、口銭引いた手取金が一円十二銭であった。
買物がソーダ(十銭)編かき棒(三銭)写真の原枚半ダース
(三十銭)印畫紙一袋(十五銭)現像定着雨液一組(十五銭)
合計六十三銭をつかった。
佐世保を出で立つ事十時四十五分、一時半間をもって我家に来た。
(十二時十五分)
午後は写真を撮影し晩は仕上げを行ふたが又失敗に至る。
残念至極二度も失敗するとは何たるか。実に写眞術はむづかしい
技術だ。

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2006年08月04日

1934年1月18日〜23日 父十五才の時の日記

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●昭和九年一月十八日 木曜日 曇(第六巻)

今日は観音様講家がその場所である。大へんなさはぎだった。
午前中は早生甘藍に追肥をなす。其後父と玉葱畑の中耕。
午後は廣田まで使いにいく。田中輝一さんの結婚事件にて。
夕方六時頃にかへる。晩田中さんがおいでになる。


●昭和九年一月十九日 金曜日 晴曇雨(第六巻)

午前中は温床の障子枠をはめる所の際にセメントを塗る。
午後は兵隊さんの入營を観送ってから(入營者十名我が口
ノ尾から田口君一人)其の後去年したる温床の堆物を皆出
して甘藍に施肥する。夕方田中さん達はかへらる。
父は柚木へ何かの事件にて。


●昭和九年一月二十日 土曜日 曇雪(第六巻)

午前は税金を集めて村役場に納めに行った。
其後米をふるい、午後は収納屋の整理をする。
寒うして仕事がはかどらぬ。
夕方保温こたつのの骨作り。


●昭和九年一月二十一日 日曜日 晴後曇雪(第六巻)

午前中は炬燵の骨作り。
午後は牛のはみを切って後収納納屋の整頓をなす。
柚木より父が午後かへる。


●昭和九年一月二十二日 月曜日 晴曇雪(第六巻)

午前中は書齋に在り郵便局へ手紙出しに行く。軍隊の兄へ。
午前十一時半頃から午後にかけて山に行く薪木取り、母と二人。
父は学校へ梶原先生より貸金(去年の五月初生雛をうった代價七円)
を催促に行かれ取済ましてこられた。


●昭和九年一月二十三日 火曜日 晴天(第六巻)

午前中は鶏舎に防寒の設備をなす。藁で垣して。
午後は鶏舎内の掃除をなして、晩は鶏舎の障子(ガラス障子
にかみをはる)をはる。
父は感冒で床中に在らる。

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2006年08月03日

1934年1月15日〜17日 父十五才の時の日記

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●昭和九年一月十五日 月曜日 曇天(第六巻)

終日温床の枠にペンキをぬり午後しばし立ってから枠をは
めにいく全部ではない。父兄等、兄の入營出発祝の用意。
晩は別れに及んで酒座に大へん賑ふた。
村人達もかれこれて来て下さり祝として此の上もなかった。
親戚の方々もお出下さいまして非常に喜びとする所で
晩遅く迄いろいろな話に更けた。


●昭和九年一月十六日 火曜日 雨後曇(第六巻)

今日は目出度兄の入営日である。
早朝より村人の別のことばにこられた。
でも出発が午前九時二十九分となっているから時が早いで
朝食後急で駅へ出た。兄も晴の軍服に身を清められ万歳の
声に送られてなつかしき故郷をはなれられた。
その時の僕達の考と兄自身の考を思い察する時、唯々喜と
泣の二つに過ぎなかったであらう。
しかるに入營といふ事は弔いにあらずして慶即ち祝である。
その身の光栄、家門の誇ともいふべきだ。決して憂ふべき
にあらず。どこどこまでも祝ふて観送るべきだ。
それがその人にとって一ばんの元氣は勵ましだと僕は思ふ。
見送りにいってかへり午前中はかれこれをし午後は青年團
創立二十周年記念宴會に列席し大そ賑ふた。記念寫真撮影。


●昭和九年一月十七日 水曜日 晴曇(第六巻)

廣田の伯母と崎岡の伯母が今日まで居られ午前中にかへら
る。僕は公民学校に行く。午後三時前にかへり其後は父と
玉葱畑の中耕除草。

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2006年08月02日

1934年1月9日〜14日 父十四才(11日より15才)の時の日記

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●昭和九年一月九日 火曜日 晴天(第六巻)

大分な霜晝は上天気だった。
今日も昨日と同じく温床の障子枠を作る。兄も田耕。
午後三時の汽車で長崎の姉がおいでになった。
大ちゃん、弓ちゃんも大そう元氣だ。


●昭和九年一月十日 水曜日 曇後晴(第六巻)

午前八時半登校。公民学校では実習」に甘藍の補植、追肥。
午後一時歸宅。其後甘藍に肥料を施す。晩は餅付き。


●昭和九年一月十一日 木曜日 晴曇(第六巻)

父十五歳の誕生日です。

終日温床の障子枠を作る。兄は書齋似て熱心に勉強されていた。
今日大神宮講でうちがその場所である。午頃から午後にかけて賑ふた。
そしてバクリウさんがこられこんどは前のと違ふた少し大型の牛を
もってこられそれで交換された。晩は中村さんをよばる。


●昭和九年一月十二日 金曜日 晴曇霰(第六巻)

終日温床の障子枠を作る。
兄は午前十一時頃役場迄入營の旅費(二十四円余)を取受してこらる。
僕は富田君が温床をつくっているのを見にもいった。
母ト姉(長崎の)ハ大チャン、雄未チャンモ崎岡ニ午後ユカル。


●昭和九年一月十三日 土曜日 曇霰(第六巻)

今日も終日温床の枠作り。父は午前火ばたに居られ午後は働かる。
兄は書齋に午後は二時半頃より佐世保へ硝子買ひに行かれた。
夕方母、姉が崎岡よりかへらる。


●昭和九年一月十四日 日曜日 晴天(第六巻)

今日はうって変って上天氣だった。
終日同じく温床の枠をつくる。今にて枠全部つくり終った。
兄は書齋にいられたが午後早岐へ温床用のセメントを買って
こられそのついでに廣田の伯母宅に寄ってこられた。

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2006年08月01日

1934年1月4日〜8日 父十四才の時の日記

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●昭和九年一月四日 木曜日 晴天(第六巻)

終日遊び。午前は収納屋を整頓して郵便局へ貯金をなしに行く。
金五円也。午後は自轉車の分解掃除をなす。


●昭和九年一月五日 金曜日 晴曇(第六巻)

午前中は十時頃より麥播き。一度蒔ひたのが何の為か発芽しな
かったので。
午後は中村方より御馳走によばる。其後遊び。
晩は西山さんと安さんが遊びにこられ夜更迄遊んで行かれた。


●昭和九年一月六日 土曜日 晴天(第六巻)

終日遊び。午前は郵便貯金をなしに行く。
母のが十五圓、僕のが一圓を貯けた。其後書齋を整頓した。
午後は日誌を書いて其後遊びっ自轉車煮のたりして遊ぶ。


●昭和九年一月七日 日曜日 曇天(第六巻)

午前は掃除(門際の整頓)をなして中食前芋つるを取込む。
午後は芋つるをよせて後、温床の枠を作るため杉をわく。
長崎の姉より「シユパツ ミアハセタ イズコ」といふ電報が来た。
姉は午後三時頃の汽車にて歸省せるゝはずだったのにかゝる次第、
藤村覚さんの娘(ユクヨさん)が幼ながらこの世を去られたから
出発を見合せられたそうです。ほんとうに可愛そうに、
この世のはかなさよ。


●昭和九年一月八日 月曜日 晴天(第六巻)

終日孤り温床の障子枠作り。兄は春田を起こらる。
午前バクリウさんが来られ午替への相談を申込まれた後
其判決は午は替へる。かへるが兄が入營前に春田を起こす迄
元の午で田を耕す。(替へた午が若くて弱いからと。)

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2006年07月31日

1934年1月1日〜3日 父十四才の時の日記

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大一月

●昭和九年一月元旦 月曜日 曇(第六巻)

すがすがしき元旦の朝は鶏声と共にほのぼのと白みたり。
あらゆる生物は新春の香に慶びをともす。
夜通しの商のため佐世保に午前二時半迄在りて商ひ商況
不振の趣が現れたので早速歸途に上る。
自轉車より走り一時間半を以て歸宅。三時五十分、急い
で入浴すとたん夜警の人がはせ来らるゝのでその由を聞
けば僕達の風呂わかしを火事と見違でこられたのです。
僕と兄は御礼を言った。
就床午前五時、起床午前九時。朝食後年の餅をも食べて
小學校の儀式に列席す。
午後は楽しく遊んだ。長谷川安君方に行って遊ぶ。
久野君も職工の休みだといって遊ばる。


●昭和九年一月二旦 火曜日 曇一時霰(第六巻)

終日遊び。朝食後ハガキ買ひに行き其後小鳥をうつ。


●昭和九年一月三旦 水曜日 曇霰(第六巻)

終日遊び。午前中は玩具飛行機を作製す。午後は小鳥うち。

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posted by gaku at 06:06| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.01 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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