今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年10月07日

1937年4月24日〜26日 父満十八才の時の日記

1937.4.24-4.28.jpg

●昭和十二年四月二十四日 土曜日 晴曇(第七巻)

少しは早いと思ったが飼付をなす。(午後九時半)
苗代田の緑肥耕込をなし、蓮田の荒耕し。午後は蜜蜂が別れたので箱の準備をなし、二度になす。夕方西瓜の基肥に配合肥料を与ふ。育雛は好成績にて一羽の死雛を出す。


●昭和十二年四月二十五日 日曜日 雨曇(第七巻)

終日、初生雛の監督にて一日を過す。一羽の死雛を出す。少し給水が多いやうだった。金城商会へタイヤーの注文。平戸の紀伊子姉へハガキ出す。


●昭和十二年四月二十六日 月曜日 晴(第七巻)

午前は学科授業にて登校。帰宅後、午後は平戸滞在の姉よりの要求品小包を準備したり手紙を認めたりして、夕方明日の甘藍販売準備をなす。



azusa1.jpg

●人気ブログランキング参加中です!一日一回クリックお願いします。
あなたの応援が励みになります。→ banner_02.gif
posted by gaku at 08:47| 長崎 | Comment(2) | TrackBack(0) | 父の日記1937.01-04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ただいま人気ブログを応援しています。
応援ポチッ!
Posted by 団長 at 2007年10月14日 16:56
はじめまして
初めて拝見しました。
戦時中の記録は文化的にも貴重なもので、多くの人に公開すべきであると思います。
コチラにも記事を投稿しませんか。
詳しくはコチラです
http://clipedia.jp/
一人ひとりが情報を発信する新しいソーシャルニュースサイト
クリッペディアです。
クリッペディアって何?って方はコチラ
http://clipedia.jp/blog/?p=54

Posted by クリッペディア at 2007年10月23日 11:59
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。