今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年08月25日

1937年4月10日〜12日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月十日 土曜日 晴(第七巻)

川棚の蚕繭組合創立五周年記念祝賀会に参列する。東栄社の充実と組合員の熱心とより成立つべき蚕繭組合の進歩を重大なるものなるを感ぜざるを得ない。講演後、余興として浪花節講談があり、午後五時頃終る。東栄社の製糸工場内を観察し帰途に付く。六時半帰宅。トマトの移植をなす。晩は青年花見決議集会。期日は十八日で会所を福本方新宅。会費一円見当。


●昭和十二年四月十一日 日曜日 晴(第七巻)

朝方トマトの移植をなし畑を耕す。午後は土を荷負ひ、夕方早生南瓜の定植(三本づつ三十二くら)


●昭和十二年四月十二日 月曜日 晴(第七巻)

朝方植付し南瓜に覆ひをなし登校、学科授業にて新任の西村先生との第一日は非常に朗らかな、そして愉快なる印象を与えた。
午後は石灰窒素を組合よりひいて来る。畑の塊打ち。





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posted by gaku at 23:42| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.01-04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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