今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年08月10日

1937年3月5日〜7日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月五日 金曜日 晴(第七巻)

市場行きが中止され兄が自転車がパンクしたので、午前は堆肥を麦圃へ出し、午後は青訓(学科)

所感
現代、若人が総てを華かな都会生活に集中するのは
如何なる理由であらうか。即ち美衣美食に甘んぜん為なのであらう。更に農民までが与えられたる清い農業をも取棄てて集中するが如きは真に農業経営を自覚する事のできない者といはねばならない。自然愛と天然力とは農民に限って与えられたるものなれば、これが運用を記帳的に遂行し、多角的農法にて営利的にやったならば農民の都会集中といふ事んどは考えられるはずがない。これらは皆、真剣に農業に取付いていなるものの手段であり思想である。何事にも失敗に又失敗の人だと思ふ。


●昭和十二年三月六日 土曜日 雨(第七巻)

市場出荷(ビーツ、セルリー)。帰途雨にあひ日宇より雨具を借りて来る。午後は鰯干を作り、山ノ田の長谷川清人宅へ遊びに行く。


●昭和十二年三月七日 日曜日 晴(第七巻)

兄も休業にて久方ぶりに愛妻との一日を過された。僕も兄と二人で部屋付近、鶏舎付近の整理整頓をなし、鶏舎の始末をする。ニスをもぬる。姉は千綿の振興会へ、母、姉、父かへらる。明治さんもいっしょに来らる。







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posted by gaku at 08:08| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.01-04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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