今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年10月27日

1937年5月1日〜3日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年五月一日 土曜日 曇小雨(第七巻)

母は昨日より苺販売にて忙しく仕度を朝方してやる。育雛器の製作を午後も晩にかけてなし、晩は金城商会よりタイヤーが届いたので取付ける。


●昭和十二年五月二日 日曜日 曇後晴(第七巻)

午前は育雛の手入をなし、籾摺に行く。午後は蜜蜂の箱を作り、夕方茄子、トマト苗の注文を有田へ持って少し販売をなして晩に及んでかへる。


●昭和十二年五月三日 月曜日 晴(第七巻)

給飼後春田をこなす。午後は田耕し、蓮田をこなす。石灰窒素を基肥に施す。夕方有田方面へ注文の茄子、トマト苗を持って行く。晩は婦人会主催の活動写真見に行く。育雛は飼付後十日目となり相当丈夫になす。十数羽の死雛を今日迄に見、九十羽前後である。


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2007年10月26日

1937年4月27日〜30日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月二十七日 火曜日 晴(第七巻)

甘藍販売、売行良好にて斤の四銭五銭だった。午前中にかへり、午後は兄と甘藍の販売準備をなす。西瓜、胡瓜、野菜瓜の播種もなす。晩は富田君の送別会にて十一時迄。


●昭和十二年四月二十八日 水曜日 晴(第七巻)

甘藍販売。午後一時半帰宅。午後は育雛の手入をなし、胡瓜の定植畑へ基肥をなす。甘藍の準備をなす。


●昭和十二年四月二十九日 木曜日 晴(第七巻)

甘藍販売。午後二時頃かへり、午後は甘藍の出荷準備をなす。菜豆畑、トマト畑の中耕をなし、茄子の定植。兄は休日とて加勢さる。胡瓜の播種。


●昭和十二年四月三十日 金曜日 雨(第七巻)

朝方より小雨、午後になって大分降る。甘藍、茄子、トマト苗販売にて午後四時帰宅。其後兄と育雛保温器の製作。兄は休日にて胡瓜、茄子の定植をして下さる。

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posted by gaku at 06:45| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.01-04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月07日

1937年4月24日〜26日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月二十四日 土曜日 晴曇(第七巻)

少しは早いと思ったが飼付をなす。(午後九時半)
苗代田の緑肥耕込をなし、蓮田の荒耕し。午後は蜜蜂が別れたので箱の準備をなし、二度になす。夕方西瓜の基肥に配合肥料を与ふ。育雛は好成績にて一羽の死雛を出す。


●昭和十二年四月二十五日 日曜日 雨曇(第七巻)

終日、初生雛の監督にて一日を過す。一羽の死雛を出す。少し給水が多いやうだった。金城商会へタイヤーの注文。平戸の紀伊子姉へハガキ出す。


●昭和十二年四月二十六日 月曜日 晴(第七巻)

午前は学科授業にて登校。帰宅後、午後は平戸滞在の姉よりの要求品小包を準備したり手紙を認めたりして、夕方明日の甘藍販売準備をなす。



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posted by gaku at 08:47| 長崎 | Comment(2) | TrackBack(0) | 父の日記1937.01-04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

1937年4月21日〜20日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月二十一日 水曜日 曇(第七巻)

午前八時半起床。午前中は牛蒡の種蒔き。午後は白菜の播種、金時豆、南瓜へ追肥。


●昭和十二年四月二十二日 木曜日 雨風稍強(第七巻)

終日育雛保温器の設備にて温度の試運転もなしたが、七十五度以上はどうしても昇高せぬ。晩は庭木方の一週忌に行く。


●昭和十二年四月二十三日 金曜日 晴(第七巻)

午前は苗代田をこなして、午後は初生雛発送の電報がとどいたので育雛保温箱の準備。五時五分の汽車にて到着したので早速取りに行って休眠させる。百三羽居って一羽も死雛を見ない。
晩は今日から早速育雛室に寝所を置く。



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posted by gaku at 07:06| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.01-04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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