今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年09月30日

1937年4月18日〜20日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月十八日 日曜日 曇(第七巻)

今日は我が口ノ尾青年の花見宴会で会所を山ノ田の長谷川清人宅、女子青年部より四名加勢を願ふた。午前は兄と小屋の整頓をなし、午後より花見宴会に臨む。面白く愉快な一日を終へた。晩は一同小学校の映写会に行く。大へんくたびれ十一時帰宅。


●昭和十二年四月十九日 月曜日 晴(第七巻)

朝方は少しトマトの移植をなし(下関日本飼料より飼料発送通知来る。貯金百円引出す。父が柚木事件に入用のため)登校。学校にては学科だった。午後一時過帰宅。午後は牛蒡畑を耕し、トマトの移植を済ます。


●昭和十二年四月二十日 火曜日 晴曇(第七巻)

下水暗溝のさらへ仕事を道路工夫と二人で働き、午前中に済んだが午後も道路修繕の仕事をなす。夕方、牛蒡の播種。



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posted by gaku at 14:02| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1937.01-04 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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