今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年08月30日

1937年4月15日〜17日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月十五日 木曜日 曇(第七巻)

終日、春田の荒起し。昼間に給水器を作る。


●昭和十二年四月十六日 金曜日 晴曇(第七巻)

午前は苗床田の荒起しをなし、午後は全部でトマトの定植。一千百余本植付けなす。晩は雑誌家の光を配付して廻る。


●昭和十二年四月十七日 土曜日 晴(第七巻)

伯母つね殿の死去。老体の病気は油断してはならない。尊き伯母様をもう二度と見ることが出来ないかと暗涙にむせび泣かざるを得ない。家内の人たるや想像するだに気かし、本日葬儀行はれ三日参りまで済む。






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2007年08月26日

1937年4月13日〜14日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月十三日 火曜日 曇(第七巻)

朝方、石窒を撒布し針尾の瀬戸見物に行く松永雨家に御厄介になり暮方帰宅。


●昭和十二年四月十四日 水曜日 雨曇(第七巻)

午前は玉葱の除草をなし午後は雨にていなまき織り。





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2007年08月25日

1937年4月10日〜12日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月十日 土曜日 晴(第七巻)

川棚の蚕繭組合創立五周年記念祝賀会に参列する。東栄社の充実と組合員の熱心とより成立つべき蚕繭組合の進歩を重大なるものなるを感ぜざるを得ない。講演後、余興として浪花節講談があり、午後五時頃終る。東栄社の製糸工場内を観察し帰途に付く。六時半帰宅。トマトの移植をなす。晩は青年花見決議集会。期日は十八日で会所を福本方新宅。会費一円見当。


●昭和十二年四月十一日 日曜日 晴(第七巻)

朝方トマトの移植をなし畑を耕す。午後は土を荷負ひ、夕方早生南瓜の定植(三本づつ三十二くら)


●昭和十二年四月十二日 月曜日 晴(第七巻)

朝方植付し南瓜に覆ひをなし登校、学科授業にて新任の西村先生との第一日は非常に朗らかな、そして愉快なる印象を与えた。
午後は石灰窒素を組合よりひいて来る。畑の塊打ち。





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2007年08月24日

1937年4月7日〜9日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月七日 水曜日 晴(第七巻)

午前中、セルリー、佐土原長茄、パセリーの播種。午後はサダヤ菜豆の播種をなし、夕方に及んでセルリー、ビーツの商仕度をなす。今度が畑終り。晩は焼付。


●昭和十二年四月八日 木曜日 曇小雨(第七巻)

市場へ行く。相当に売れた。午前中にかへる。午後は自転車の修理もなす。晩はズボンのふせをなす。


●昭和十二年四月九日 金曜日 晴(第七巻)

午前は仮植温床の踏込みをなし、午後は床土を入れ茄子の第二回移植をする。
村田宇太郎サマ借金の為破産の悲境に到り、昨日早岐の方へ引越さる。今日は家財道具の競売行はる。





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2007年08月23日

1937年4月4日〜6日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月四日 日曜日 晴(第七巻)

終日、桑園の整頓。夕方育雛室に土を入れる。晩は鍼灸治療に行く。

●昭和十二年四月五日 月曜日 晴(第七巻)

今日、桑木場の森様の転宅加勢だった。本村より佐世保の方へ御転任なされる。佐世保へついてからまもなく帰る。晩に及ぶ。


●昭和十二年四月六日 火曜日 晴(第七巻)

朝方、育雛箱其他を洗ひ、午後育雛舎器具の消毒をなす。
先生方の告別式、新任式に参列し御見送りした。午後は桑畑の耕耘をなし、夕方深葱の移植。晩は現像をなす。





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2007年08月20日

1937年4月1日〜3日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年四月一日 木曜日 晴(第七巻)

市場へビーツ、セルリーの出荷をなす。又安い。午前中にかへり午後は辻麦畑の中耕、土寄せをなす。夕方市場出荷準備をなし、晩は節句の餅付。


●昭和十二年四月二日 金曜日 晴(第七巻)

市場出荷をなす。売価不良。午前中にかへり午後は玉葱の中耕をなす。追肥もやる。夕方花甘藍の移植をなす。


●昭和十二年四月三日 土曜日 晴(第七巻)

午前は育雛室の整理整頓をなし、午後は節句遊びだった。






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2007年08月19日

1937年3月29日〜31日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月二十九日 月曜日 晴(第七巻)

午前は温床畑を耕す。午後はかまぶたの麦畑の土寄せ。


●昭和十二年三月三十日 火曜日 曇(第七巻)

午前はかまぶたの麦畑の土寄せ。人参跡畑を耕す。午後は觸にて石灰の荷受をして配給してもらふ。籾摺機古物払下げを二十銭にて買ふ。夕方籾摺に行く。


●昭和十二年三月三十一日 水曜日 晴一時曇(第七巻)

終日、桑畑の追肥、土寄せをなす。夕方商の準備をなす。






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2007年08月18日

1937年3月26日〜28日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月二十六日 金曜日 晴(第七巻)

終日、金時菜豆の播種(今年は二升)夕方温床内へ追肥をなす。晩は義姉さまが針尾の方の祝儀よりかへられたので桑木場の森様方へ行く。


●昭和十二年三月二十七日 土曜日 晴(第七巻)

終日、空畑を耕起する。夕方、商の仕度をなす。


●昭和十二年三月二十八日 日曜日 晴(第七巻)

市場へ行く。遠方もなく安価だった。午前中にかへり昨日よりの引続きの温湯還流器の修繕をなし、午後は早生甘藍の間作に金時の播種。日曜にて兄の親友職工尾崎さんが遊びにこられて応接さる。お午過参られ五時半頃かへらる。






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2007年08月17日

1937年3月23日〜25日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月二十三日 火曜日 曇後雨(第七巻)

市場へ行く。昨日が艦隊入港だったが高価だった。トタン、
材木を少し買ふて来る。午後は育雛宅の設備をなす。
晩は薬液をつくりかへて、現像、視察撮影はよく出来た。


●昭和十二年三月二十四日 水曜日 曇後晴(第七巻)

今日は觸の作場道修繕に出た。終日にわたる。
晩は焼付をなし、細工をなす。


●昭和十二年三月二十五日 木曜日 晴(第七巻)

非常に寒い。西ノ岳には白雪を見、少しばらつく。
終日育雛舎の修繕にて晩に及ぶ。






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2007年08月16日

1937年3月20日〜22日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月二十日 土曜日 曇時々小雨(第七巻)

我が青年学校も小学校兼にて卒業式が挙行されたので出席する。午後はズボンにアイロンをかけ、免寄りに行く。夕方、トマトの移植、胡瓜の第一回移植をなし、晩は餅付き。明日の篤し農家視察の準備をなす。


●昭和十二年三月二十一日 日曜日 晴(第七巻)

今日の福岡、唐津方面農事視察も天気に恵まれ午前六時八分三河内発にて向ふ。岸金四郎宅を訪問して帰途、唐沢のの養鶏、促成栽培も一覧し唐津見物をなして、帰途に付いた時は晩に及び帰宅した時はもう十時だった。

所感
実地視察こそ我等農村青年たるものの
愛すべき条件である。

百聞も一見にしかず、志ある者のあらゆる農事の進歩発展も蟄居的生活よりは生れない。そこに現代的の実地視察研究と合理的学理の応用に待たねばならない。


●昭和十二年三月二十二日 月曜日 晴(第七巻)

昨夜より自転車紛失事件にて午前中は捜索に努めた所、お午頃出て来た。無断乗逃して山近呉服店へ置いてある。やっと安心した。
午後は高川、長谷川安さんが遊びに来られたので、語りにてかれこれ四時頃迄かかり、温床内の除草。商の仕度。






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2007年08月15日

1937年3月17日〜19日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月十七日 水曜日 晴(第七巻)

午前は玉葱畑の中耕をなす。午後は父と畑耕し、母姉は桑園の中耕除草。
夕方トマトの第二回移植をなす。冬蒔甘藍の移植もなす。
義姉映写慰安会に行かる。晩は障子に油をぬる。


●昭和十二年三月十八日 木曜日 晴(第七巻)

肥料を組合より買入れ、終日仮植床の踏込をなす。
夕方、冬蒔甘藍の移植。


●昭和十二年三月十九日 金曜日 曇後雨(第七巻)

道路愛護デーにて男女青年団は修繕事業に出た。冬蒔甘藍の移植。
夕方トマトの第二回、第一回の移植。






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2007年08月14日

1937年3月14日〜16日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月十四日 日曜日 晴曇(第七巻)

終日麦圃のじゃこあげ。いよいよ今日を完終する。
晩は焼付けをなす。


●昭和十二年三月十五日 月曜日 曇後雨(第七巻)

仮植温床の踏込みをなす。玉葱畑の除草中耕追肥、夕方より降雨となる。


●昭和十二年三月六日 火曜日 晴(第七巻)

兄の通勤工場、航空会の慰安会にて朝方より争動して佐世保千日劇場へと行く。姉母も行かれ劇場にては高坂さんとも全部一所になる。
満足せる映写のみだった。午後五時半帰宅。晩は姉の媒介用件にて針明より見へらる。

所感
結婚問題にはよほど真剣に考慮しなくてはならぬ
親兄弟の判断も無視すべきものではないが本人たるもの、見識も亦甚大でなければ夫に盡すべきで貞操も零となる。一旦嫁いだなら再び生家に帰るといふやうな軽々しい手段ではいけない。それだけの見識と理知とも働かせて結婚問題に処すべきだ。






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2007年08月13日

1937年3月11日〜13日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月十一日 木曜日 雨曇(第七巻)

雨にて書斎にとぢこもり、納屋室にて撮影をなす。
夕方セルリーの商仕度。晩は現像焼付。


●昭和十二年三月十二日 金曜日 晴曇(第七巻)

市場へ行く。帰途、日宇駅前の温床視察。牛石の鴨川温室視察にて午後四時頃帰宅。夕方セルリー、ビーツの商準備。


●昭和十二年三月十三日 土曜日 晴(第七巻)

市場へ行く。特別に安い。艦隊出港のため、帰途日宇の吉田宅に立寄る。義齢さんの結婚祝(結婚式十一日)んい祝杯を戴いて来る。午後四時頃帰宅。久材君を撮影し麦圃のじゃこあげを少しなし、籾摺、現像をなす。





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2007年08月11日

1937年3月8日〜10日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月八日 月曜日 晴曇(第七巻)

市場へ鶏卵、セルリーを持って行き、午前中にかへる。久野継四郎さん拝見に立寄る。
午後は商仕度をなして後義姉の姉さまがお見えになったので写真撮影をなし初午詣参に行く。夕方かへり信永茂好君へ温床を案内し南瓜の第二回移植をなす。晩は現像を行ひ、狂言を見にいって日記を書く。


●昭和十二年三月九日 火曜日 晴曇(第七巻)

市場へビーツ、セルリーを持って行く。午前中にかへり、午後は麦圃のじゃこあげ。夕方籾摺に行き晩に及んだ。現像をなす。


●昭和十二年三月十日 水曜日 曇後晴(第七巻)

陸軍記念日にて、
今日は吾等青年学校男徒は佐世保海軍航空隊、軍艦見学をなした。帰途は雨にて困る。自転車にだったので日宇より傘をかり桑木場の森様方へ立寄る。信用組合の家の光会にも途中立寄列席する。

所感
今日の見学は求むるものが大であった。飛行機の勇壮なる姿こそ、空を護る形そのものである。
非常時、日本の魂は実にこの空軍に
確固たるものでなければならぬ。

猛烈なる日夜の高等飛行の訓練をも目ざす所は防国日本の第一線となるべき為である。





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2007年08月10日

1937年3月5日〜7日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月五日 金曜日 晴(第七巻)

市場行きが中止され兄が自転車がパンクしたので、午前は堆肥を麦圃へ出し、午後は青訓(学科)

所感
現代、若人が総てを華かな都会生活に集中するのは
如何なる理由であらうか。即ち美衣美食に甘んぜん為なのであらう。更に農民までが与えられたる清い農業をも取棄てて集中するが如きは真に農業経営を自覚する事のできない者といはねばならない。自然愛と天然力とは農民に限って与えられたるものなれば、これが運用を記帳的に遂行し、多角的農法にて営利的にやったならば農民の都会集中といふ事んどは考えられるはずがない。これらは皆、真剣に農業に取付いていなるものの手段であり思想である。何事にも失敗に又失敗の人だと思ふ。


●昭和十二年三月六日 土曜日 雨(第七巻)

市場出荷(ビーツ、セルリー)。帰途雨にあひ日宇より雨具を借りて来る。午後は鰯干を作り、山ノ田の長谷川清人宅へ遊びに行く。


●昭和十二年三月七日 日曜日 晴(第七巻)

兄も休業にて久方ぶりに愛妻との一日を過された。僕も兄と二人で部屋付近、鶏舎付近の整理整頓をなし、鶏舎の始末をする。ニスをもぬる。姉は千綿の振興会へ、母、姉、父かへらる。明治さんもいっしょに来らる。







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2007年08月09日

1937年3月3日〜4日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月三日 水曜日 雨曇(第七巻)

終日3人でいまなき織り。

所感
自己を主張する分量の多い我等青年期には、
何事をなすにも第一歩を堅くしっかりと踏付けねばならない。


●昭和十二年三月四日 木曜日 曇後晴(第七巻)

午前はいなまきを織り、午後は温床の硝子障子を取付けて覆ふ。堆肥を麦圃に出し、商の仕度をなす。





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2007年08月08日

1937年3月2日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月二日 火曜日 晴後曇(第七巻)

セロリー、ビーツの出荷。昨日より安かった。午前中にかへり午後はじゃこあげをなす。晩は写真教程を読む。

所感
写真術は物理的及化学的の操作である。
吾人はこれを運用して自然の現象を抽書として再現せしむるのである。あらゆる技術と経験とを要する。研究すべき位置は広い。かくの如くに趣味深き写真術を学び経験の手腕を構ずれば、はては努力あるものの天才として換言すれば人事を尽くして天命さずかりて写真界の達人として上位に至らざるを得ない。






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2007年08月07日

1937年3月1日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年三月一日 月曜日 曇後小雨(第七巻)

佐青果卸市場へセロリー、ビーツの出荷、高値にて販売さる。午前中にかへり午後は麦圃へ堆肥を出す。夕方又出荷準備。

所感
人は自信がなければならない。
みだりに他に依頼する事は人間としての恥辱であるのみならず。自ら自己の運命をきり開かんとす者のとるべき道ではない。人は自己の力に依頼するとき、はじめて何事をなし得るのである。






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2007年08月06日

1937年2月28日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年二月二十八日 日曜日 晴曇(第七巻)

終日温床の仕事のをなす。第一回移植を茄子、トマトをなす。

所感
熟慮断行は青年の欠陥を除く大きな武器である。
軽挙妄動に陥り易い何人もが遵守すべき玉條の一つである。事の善悪実行の手段、結果の影響を考慮し、よく順序をたてて更に順序を立てなをし、最後に改定するのが熟慮なす。






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2007年08月05日

1937年2月27日 父満十八才の時の日記

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●昭和十二年二月二十七日 土曜日 雨曇(第七巻)

午前は朝方一車、宗方の堆肥を取り雨になったので止めた。鶏舎の雨漏り修繕。午後は桑入籠の修繕をなす。

所感
虚栄こそ我々青年の限りなく進むべき前途に取除くべきものである。虚栄にて失敗したる例は多い。我々青年は一切の虚栄を棄て去り
何ものにまさって、力強い誠実を基として
自己の生活をおし進むべきだ。






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