今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2007年01月31日

1936年4月29日〜30日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月三十日 木曜日 晴(第七巻)

今日は青年の花見にて終日愉快に過す。会所は富田方にて晩も遅くまで遊んだ。女子青年團等のにて芸者もあげ、面白く且楽しい一日を終へた。我等村人の喜ばしさは如何ばかりであったろう。


●昭和十一年四月二十九日 水曜日 曇一時雨(第七巻)

農業経営の改善に就いての講習会に朝方仕事を少し、苗代準備をなして列席する。眠れる農民の心臓部をさされないような講師の話しに感奮せざるを得なかった。午後五時半にて閉会した。


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2007年01月30日

1936年4月28日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月二十八日 火曜日 曇(第七巻)

終日水田の荒起し。晩は焼付をなす。露出不足の為上等の原校を得ず不出来だった。

所感
何事も体験といふ事は大切である。体験程尊い指導者、案内者はこれをして他はない。我々青年はあらゆる社会の境涯にぶつかり沢山の体験を獲得すべきだ。


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2007年01月29日

1936年4月26日〜27日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月二十六日 日曜日 晴天(第七巻)

我等の同級会に際して好天気である。我等を快楽の極地に導かんとばかり、あくまで大気は澄みて朗らかなる小春日和である。
午前は朝方より集まれど僅か八名と訓導にて十名足らずの少数にて目的地たる、曲川桜厳権へと向ふ。我々若人の蓮は盛んに酒宴を催し、唯朗らかと快愉といふ想が湧起るばかりであった。酒宴半ばなるころ芸者をあげ愈々盛んならしめ四時半頃引揚げた。帰途は西肥バスにて小学校迄来、記念写真を僕が撮影して暮方かへる。全員をして今日の朗らかさは格別だったと思ふ。先生も大分いけられたと見えて良い気分で帰られた。我々は永久に忘れることのできぬ同級会の朗らかなる一日であった。


●昭和十一年四月二十七日 月曜日 曇後雨(第七巻)

終日植付、トマト、胡瓜、茄の定植。晩は学校へ活動写真見にいった。(オールトーキー)


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2007年01月27日

1936年4月25日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月二十五日 土曜日 雨曇後晴(第七巻)

午前十時半頃より春田の荒起し、終日にて一反半を済ます。
福本家の建家にて餅撒きもある。

所感
人生は橋と見る事ができる。永遠の道路より此世といふ橋にさしかかり人としてなす事、行ふ事すべてがこの世の経路である。そして又永遠の道路へと行かねばならないのである。人生は制限のある橋である。永遠の道路は死を通らねば開けないのである。

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2007年01月26日

1936年4月23日〜24日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月二十三日 木曜日 晴(第七巻)

田をかく。蓮根も植へた。春田の荒起しをなす。
夕方石灰窒素を胡瓜、トマト畑への基肥をなす。


●昭和十一年四月二十四日 金曜日 曇後雨(第七巻)

午前は玉葱畑の中耕。セルリー、西瓜の播種、午後は青訓だった。銃器其他の貸付、配給がある。銃(十二番)銃剣帯革(六番)水筒、はいのう、はんごう(十九番)

所感
現在に於ける自己を満足しているといふ事は大いにいかんと思ふ。過去を反省して将来の決心を掴むといふ事が何より大切である。故に現在の事故にむちうって益々励まねば理想の目的地には至し得ないであらう。


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2007年01月25日

1936年4月22日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月二十二日 水曜日 曇時々雨(第七巻)

蓮根田を耕し麥田も三畝ばかり耕す。塩屋へ遊びにいったら中雛白レグ二十羽が来ていた。

所感

国防といふ事は国民保護であり我帝国の犠牲的に活躍すべきは勿論であるが、空の犠牲者たる飛行操縦兵なるも真の愛国民である。一身を捧げたる忠勇義烈の大和男子でなければならぬ。斯くの如き操縦士が一担かじを握ったなれば大敵といへども一時にて打狒ふ事が難題にあらず。そうしてこそ世界一等国として永遠に鮮抜する事ができるのである。



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2007年01月24日

1936年4月21日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月二十一日 火曜日 曇雨(第七巻)

朝方に降ふりは望ましからざる模様だったが次第に小降りとなり出発の際は止んだ。福博団体一行はすべて希望満々として八時九分三川内駅を後方にした。臨時準急列車にて二十五里余の行程も僅か三時間足らずで博多駅に到着。到着後は自由行動を許されてあるので近所の知人と連れなって博覧会場へと向った。午後五時前迄にて第二会場を終る。観るもの聞くものをして如何に本県が全国的に勝抜しているかが推考された。工業の重要地として冠たるは又誇りとする所である。敷地広く長崎観博よりは大なるも組織は同様である様だった。午後に入るや雨が降り出した。玉屋デパートを見学して駅へ集合した。午後六時四十五分楽しい朗らかな一日を過した懐かしい博多に暇をつげた。暗黒の中にいとも燦然とネオンサインは名残あしげに放っているもののやうにも感ぜらるるのだった。車内はだんだんメートルがあがり賑ひだした。今日の楽しさをあ聠想しては一つの笑話として喜ぶ乗客をも見受けるのだった。二日市、鳥栖、佐賀を通過して十時過ぎに三川内へ着いた。十一時前帰宅して直ちに就床。

所感
楽しい博覧会見物の一日であった。永久に僕の頭に記念すべき思ひ出の種となるであらう。ああ九州の大都市だ。福岡こそ新興築港である。今回の博覧会にて集ひ来る人々の心謄を如何に温和ならしむるか、如何に目ざめさせしむるかを思う時、感謝の念を懐かざるを得ない。福博の地にあらゆる思いを浮べ朗らかに且、積極的の興味が得たるは至上の喜びといはねばなるまい。過去の記録としてとどめざるを得ず。



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2007年01月23日

1936年4月20日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月二十日 月曜日 晴(第七巻)

卸市場へと行く。兄と行がけはつれなって。
午前中にかへる。蓮は五.五銭だった。
午後は田を耕す。(一反)

所感
長閑なる小春日和の強壮体こそ恵ましいものはない。どこへいっても跳ねても飛んでも自由である。それだから自然精神までが自由で且乗気となり清浄ならしむ。これ修養の絶好機。我等青年の注目すべき点だと思ふ。



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2007年01月22日

1936年4月18日〜19日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月十八日 土曜日 雨(第七巻)

雨にて午前中は書机にあり、午後はそこここと遊び廻る。
晩は兄も定時間にてかへられた。

所感
時間尊重は自分自ら誰しもが軽視する所である。再びかへらぬこの大切な時間も無意義に過す即死なすといふ事は我々が如何に人生を堕落しているかを如実に物語るなり。されば一秒一分たりともあなどらず積極的の尊重観念を持たふではないか。


●昭和十一年四月十九日 日曜日 晴(第七巻)

午前中は兄と蓮根掘り。種蓮に全部済ます。
午後は三時頃出発。住吉村山の堂参詣(願成就)に兄と二人いった。
夕方商仕度。ビーツ、蓮根を。


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2007年01月21日

1936年4月17日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月十七日 金曜日 晴後一時曇(第七巻)

午前は甘藷をかこいから出して下種をなす。午後は青訓にて帰宅後は雛の寝箱を作る。姉が平戸よりかへらる。

所感
大膽活発こそ人生を幸福ならしむるものはない。すべてに引込思案はいけない。精神を暗くして生涯の進運に大なる悪影響を来すのである。されば膽力を練り如何なる偉人強者の前たりとも頑固として恐れざる気力を●養せなければ出世はおろか将来の望は開けないと思ふ。



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2007年01月19日

1936年4月16日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月十六日 木曜日 晴一時曇(第七巻)

終日いりぐちの桑園の手入れ。

所感
春だ、春だ。桜花をも早やほころびはじめ若々しいし新芽も春風の温気を浴びてすくすくと延びている。そうだ我々青春期もかくであらう。修養といふ温風が通らなかったらばすくすくと延びん可能性ある。青年の新芽ものびるどころか中断されるので末うるわしい。実を結ぶ事もできないから青年期の修養将来を左右する事たるも認識して仔々として奮発すべきだ。



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2007年01月18日

1936年4月15日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月十五日 水曜日 曇後晴(第七巻)

雨模様だったが俄かに晴れ上天気となる。終日桑園の手入。朝方干魚より魚粉製造、成鶏売却す。三十二銭の雌五羽と二十五銭の雄一羽十八斤半で六円に。駅より福岡築港博覧会団体へ加入を申込まれよとて参らる。そして承知され僕に行かぬかと父が申された。

所感
親思ふ心にまさる親心。そうだ子がどれだけ親を大切にするかより以上子を思ふ親の心こそ子たるものは知らぬ。否さほどなしとしか考えていないのだ。やはり親は子思ふ心こそ有難い。母性愛の発露である。



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2007年01月17日

1936年4月13日〜14日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月十三日 月曜日 晴(第七巻)

終日薪木切、家内全部にて松の枝をもうった。

所感
唯単に百姓といえば下等なるものとのみ世間では言われるが青葉緑々たる木立の下にて新鮮なる呼吸をする事のできるもこれこれ百姓といえば響きは悪いが農民独特の恵みと申せねばならん。精神の浄清からみれば農民たるや、これ優等の域に列するを認めざる。


●昭和十一年四月十四日 火曜日 晴(第七巻)

終日桑畑の手入(除草、中耕、施肥土寄せ)

所感
国とは何ぞや国とは即ち同人類の一大家族といわねばなるまい。されば家と家との不和と等しく国と国との争いもあたりまえである。しかるに善は天が認むれど悪はこれを認めない。戦場とても善を以ってやれば勝利の道も容易に開ける。善なるものは精神がそれだけ強固でしかも統一しているから、その共同力、即ち身を犠牲にしても主君に報ずるという主権者を敬尊るに念に富んでいるのだ。我が大和魂というのはここに結論する。


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2007年01月16日

1936年4月11日〜12日 父満十七歳の時の日記

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●昭和十一年四月十一日 土曜日 曇(第七巻)

午前は温床障子の油塗り,破れをはる。
午後は古自転車へタイヤ中袋を取付け、さすりを運び出す。
夕方温床内へ施肥硫安を。晩は長谷川さんと説教を聴きに行く。晩は兄もかへっていた。

所感
僕が説教を聴いて特に切感した事はその大意たる総て世中は誠心から即ち誠心誠意処世上の業務に当り自己の職業に不平不満を言はず努めて反省力に富まねばならぬ。これこそ我々青年等の大なる教訓修養の基礎とする所なり。


●昭和十一年四月十二日 日曜日 雨曇(第七巻)

終日兄は休みだし二人遊びにふけ、古自転車の修繕をもなす。


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2007年01月15日

1936年4月8日 父満十七歳の時の日記

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●昭和十一年四月八日 水曜日 雨天(第七巻)

午前は机より十時頃離れ、満州派遣隊の出迎へに行き午後三時頃まで塩屋へ遊ぶ。午後帰宅後は福本方に又遊びに行く。

所感
あらゆる方面に於いて修養せねばといふ事は我々にとって大切だと思ふ。常に物事を考慮して之なら修養の資料にたると仮定したならばこれを積極的に継続せねばなりません。否向上せねばならんしてこそ始めて修養が現実化したといふのである。
読書が大なる修養の源たると認めたならば之を怠らず益々向上させてこれにて得たる獲物こそ神聖です。其人の人格を高め社会に及ぼす行為は偉大なりと申さねばなりません。これ即ち修養といふものを意義あらしめ「修養」といふものに対する観念が大であったからと思ひます。


●昭和十一年四月九日 木曜日 曇一時雨(第七巻)

読書をなし夕方茄の移植(第二回最後の)をなす。


●昭和十一年四月十日 金曜日 晴(第七巻)

午前は招魂祭に臨み、午後は障子をはる。晩は薬王寺へ説教聞きに行く。



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2007年01月13日

1936年4月7日 父満十七才の時の日記

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父が坂本方より古自転車を買ふてこられたので修理修繕をなしペンキ塗りをなす。
兄は今日は日宇泊しそうだ。

所感
人間の生涯中には或一種特別なる趣味がなくては之を円満に解決し得ない事は申すまでもないが、往々にして斯くの如き趣味好業を無視し否、有らざる者がないとも限らぬのである。

しかし余りに趣味好業主義たるは慎み之を実業務の暇々に唯慰安的のものに資するものたるを誤解してはならぬ。

要するに言いかへれば道楽であるから祖先子孫に悪影響を来すべき行動を取ってはならない。総て孤独的思想を排斥して大きく家柄となることを念頭に置き益々家運繁栄に力むべきである。

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2007年01月12日

1936年4月4日〜6日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月四日 土曜日 晴(第七巻)

終日仮植床の踏込みをなす。兄は定時間にてかへられた。入浴する。


●昭和十一年四月五日 日曜日 晴(第七巻)

仮植床の踏込みをなす。用土を入れ、夕方胡瓜、トマトの移植(第二回)をなす。今日も定時間。


●昭和十一年四月六日 月曜日 曇後雨(第七巻)

午前は豌豆畑の手入れ(除草、中耕)。午後は雨となったので精米所へ麥搗。かへりへ硫安一叺を持ってくる。

所感
古人言ふたり「折々に遊ぶ暇ある人の暇なしとて書読まぬかな」とは今日の僕に身にしみて感じられる。云んや無学無能なる人なりとも読書を積極的にやったならば身の修養はおろか人材須要の人格を養成する。短時間を有益に有効に意義あるらしめ以って人格養成の一端に資するといふ事は常人たりといへどもその必要なるを知らざるべからず。


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2007年01月11日

1936年4月1日〜3日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年四月一日 水曜日 曇後晴(第七巻)

午前はトマトの第二回最後の移植をなす。
午後母と二人で蓮を掘り仮植床藁囲ひをあむ。


●昭和十一年四月二日 木曜日 雨曇(第七巻)

午前は朝掃除をなし藁を少しすぐる。
午後は温床の上覆ひを少しあみ庭木方に遊びに行く。夫婦けんくわにて大争動をきはめていた。


●昭和十一年四月三日 金曜日 晴曇一時雨霰(第七巻)

今日は楽しい節句であり、神武天皇祭だ。全国民こぞって思ひ慕ふべき日なり。嗚呼我国御一代の皇宗なるを思えば何だかおそれおほいやうである。かしこき極みなり。終日遊び廻る。兄をも休業にておらる。今月より自家より通勤さるるので晩晩遅くかへられた。


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2007年01月10日

1936年3月29日〜31日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年三月二十九日 日曜日 晴(第七巻)

午前は仮植床の踏込。午後、牛蒡、大根、白菜の播種。


●昭和十一年三月三十日 月曜日 晴(第七巻)

午前は畑を少し起し早生南瓜の播種。午後は母と蓮を掘る。

所感
「私共は断じて経済生活の擒となってはならない」とは聖兄の遺書にもある如く、人生の退歩は之から根ざすものだから、然らば如何すべきかと云ふに自分で苦しんで自分で経済の道を開拓し常に経済を支配するだけの力を有つべきだ。汗と活力とで得た。真摯生活こそ如何に人間を恵むかを感ぜざるを得ず。体験生活から得た資料こそは人生の至宝であり、これこそ真の光明界なり。私共は徒らに成功を夢みず着実なる人生の正道にて体験の獲物を得るべきなり。


●昭和十一年三月三十一日 火曜日 晴(第七巻)

終日麥田の土寄せ。夕方風呂わかす。二十四日着の初雛、育雛は不成績にて今日までに四十三羽より二十羽と云死雛を見心細く感ず。
其の失敗の原因を左に記せば

一、早期なる為外気の室温の影響にて
二、大体雛が衰弱性を帯びていること
三、飼付後の数日間(二十四日より二十九日まで)渡る日光直射にて
  飼育し窒息せしめしこと
四、温度の調節悪しきため、そして育雛が完備ならざること
  これ等が一大原因たらしめたと思ふ。四月下旬より五月からでが
  春季育雛には適しているらしい。

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2007年01月06日

1936年3月24日〜28日 父満十七才の時の日記

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●昭和十一年三月二十四日 火曜日 曇晴(第七巻)

市場へ行って午前中にかへる。姉、平戸へ母の代りに。
午後大根畑を耕く。商の準備に大根を少しなす。夕方注文せし初生雛が到着したので温度かれこれと心配し大へん忙しい。死雛二十余を見ていた。弱雛数羽に至していた。寒さ、遠地の輸送が然らしめたのであらう。


●昭和十一年三月二十五日 水曜日 晴(第七巻)

大根商ひにいって急いでかへり午前八時に我家に来た。早速雛の飼付に仕度して育雛箱にうつし午前九時早や飼付をなす。日当りのいい所に置く雛はいかにも嬉しそうに陽光を浴びて昨日の疲れを回復して元気になる。弱雛も元気付く。しかし夕方油断してこごへて死に至る。応急手当にて二羽はどうやら動き出す。雛を寝箱にうつす。今晩は温度が調子よく安眠に付く。


●昭和十一年三月二十六日 木曜日 晴(第七巻)

終日母と二人で畑起し。父は柚木へ何の件にて行かる。


●昭和十一年三月二十七日 土曜日 晴後曇(第七巻)

午前は長谷川方の籾摺、午後は母と畑起し。雨模様となり後晴れた。


●昭和十一年三月二十八日 火曜日 晴(第七巻)

金時菜豆の播種。馬鈴薯の下種。例日に見ざる朗晴なれど精神的に暗黒たりし今日は生涯を通じ忘れ得ざる所なり。十八才(数え)の年を迎えし今日、温かい父親の」情に成長したりしといへども末っ子たる我がかくも父上より末っ子たる軽視されしば僕が心膽搯込極みである。我を戒むは山々なれど今の僕にては父善悪我とは申しかぬ。云んや盛兄の遺書たるを親父ノ教訓にも優ル否冠たる指導者たりしなり。はや、未来の人となれしし後世即我に弟妹にのこされし美風こそ偉大なりといふべし。さればこの逝かれし兄を精神上、学問上の亀鑑として修養に志ざすは僕の務めではあるまいか。


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