今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年12月30日

1936年3月1日〜3日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年三月一日 日曜日 晴曇雪日和(第七巻)

今日は楽しい初うま祭である。寒気は激しく終日身にしみて
覚える。兄は工場での友達が一人しかなかった。午後は夕方に
参詣にいって、島本君、山口君二人を我家に連れ来り、夕食を
一所にやって又晩は狂言へ上った。十一時半にかへり、兄も
かへられた。七時四十四分とかで。


●昭和十一年三月二日 月曜日 曇雪(第七巻)

午前は温床の覆ひこもを少しあみ、午後は小学校へ事局講演会
に行く。青訓にては終了後ハイノウノ準備かれこれがある。


●昭和十一年三月三日 日曜日 晴曇雪日和(第七巻)

午前は早岐へ廃魚かひに行く。父の分と僕の貯金をなし千葉商会
よりの代金引替小包をとってくる。午後は仮植床の踏込みをなす。
夕方、平松から牛買が来た。六十円にて売らる。


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2006年12月29日

1936年2月26日〜29日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年二月二十六日 水曜日 雪後晴(第七巻)

市場へと行く。雪にて寒かった。歸りは晴れた。
午前中にかへり、午後は商の仕度をなし自轉車の掃除。


●昭和十一年二月二十七日 木曜日 晴(第七巻)

市場へと行き雑魚を早岐から買って来た。
午前中にかへり午後はフスマのふちを取付け、又商の仕度
里芋、セルリーを。


●昭和十一年二月二十八日 金曜日 曇後晴(第七巻)

市場に行った。午前中にかへり、午後は青訓だった。
又屋外演習にて鍛はる。


●昭和十一年二月二十九日 土曜日 曇小雨(第七巻)

終日細工、風呂ふた、みそぶたを作る。晩は兄が来た。
久しぶりの風呂に入る。


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2006年12月27日

1936年2月21日〜25日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年二月二十一日 金曜日 晴(第七巻)

市場へ行って午前中にかへり、午後は青訓にて屋外演習が施さる。
覚さんがベープをはって下さる。


●昭和十一年二月二十二日 土曜日 曇(第七巻)

結才、セルリーをもって市場へと行く。
午前中にかへり午後は温床内の除草。夕方又雨の中に明日の
商仕度をなし晩は東京見物より歸って居られたので富田方に
遊びに行く。大へんお世話になる。


●昭和十一年二月二十三日 日曜日 雨時々晴曇(第七巻)

佐世保へと商に行く。雨にて道が悪くて困る。歸途日宇の吉田方に
立寄る。兄が休んで居たので一所に散髪かれこれをなして遊ぶ。
秋江さんを撮影する。高坂方に遊びにいって日宇を四時半出發。
五時半歸宅。晩は現像焼付をなす。秋江さん達のは光線をひいて不良。


●昭和十一年二月二十四日 月曜日 雨曇(第七巻)

朝方自轉車の修理をなし青訓、配合肥料の実施に行く。
午後は自轉車の修理、晩に及ぶ。


●昭和十一年二月二十五日 火曜日 曇(第七巻)

午前は自轉車の修理をば完終して松本辰之助さん方へ釘ぬきをかりに
いって遊んだ。今年の福岡の博覧会の話にて口ノ尾青年が花見に見物
するやうな事が持出された。午後は箱をといて三時頃より商の仕度。
白菜、セルリー。


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2006年12月26日

1936年2月15日〜20日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年二月十五日 土曜日 晴(第七巻)

終日、父と二人で麥圃の追肥(アンモニヤ水溶液)
晩は焼付、どうも不出来でつまらない。


●昭和十一年二月十六日 日曜日 晴(第七巻)

午前は肥料配合をなし、踏替へし、温床へ土を入れ茄子、トマト
胡瓜を播種す。午後は父と畑麥の追肥、麥踏(配合肥料)
牛石の山火事が晝燃えて、又夜に至り再火し大へんな争動たり。


●昭和十一年二月十七日 月曜日 晴(第七巻)

終日、桑畑の中耕、麥圃の追肥踏付。此度の温床は適温を
保っているやうだ。


●昭和十一年二月十八日 火曜日 晴曇(第七巻)

午前は麥糠をふるい、家浦の麥圃の中耕。午後は温床の藁圍ひを
あんだり、周圍の整理をなす。夕方玉葱の追肥(硫安水肥)


●昭和十一年二月十九日 水曜日 晴(第七巻)

玉葱の追肥をなしてから中耕を終へ、午後に至り新開麥圃の中耕を
なし明日の商仕度。兄が明日休業といって来た。


●昭和十一年二月二十日 木曜日 曇晴(第七巻)

結才(二銭五厘)玉子(三銭)をもって市場へと行く。
歸途、セメント、ペンキ、砂糠を買って来、正午にかへる。
兄は風呂の造りかへをされた。午後は僕も一所にモールターをぬり上げた。
夕方、甘藍、セルリーの商仕度。


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2006年12月24日

1936年2月10日〜14日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年二月十日 月曜日 雨後曇(第七巻)

終日細工にて枠を午前中に仕上げ、午後はペンキぬり。


●昭和十一年二月十一日 火曜日 晴曇(第七巻)

紀元節にて小学校の儀式へ参列する。赤心一票とかの旗行列も
あったそうだが僕は参列しなかった。
日宇の高坂さんがお礼に参られる。兄も午後になって来た。
午後は障子枠を作り二枚枠にガラスを取付けた。兄へ理髪してやる。


●昭和十一年二月十二日 水曜日 晴(第七巻)

午前は障子の枠を作り午後は骨竹を打つ。夕方姉を撮影する。
晩は現像焼付。


●昭和十一年二月十三日 木曜日 晴曇(第七巻)

午前は日宇の藤村覚さんへ手紙をかき写真を同封する。
そして菊の仕柱を取はずす。午後は温度が一時激高の為、
播種せしもが焼き切れている事が明細されたので温床の
踏替へをなす。(確か水分が不足な為と思はれたので水を加えて
躍込んだ徹底的に)晩は焼付けをなす。(姉のを)


●昭和十一年二月十四日 金曜日 晴(第七巻)

午前は牛の鞍作り。午後は青訓にて屋外演習だった。
三月六日が我が六ヶ村の対校演習実施の為予行だった。
晩は庭木方の一週忌だった。朝方俺を撮影したのを現像する。
どうも不出来だ。


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2006年12月22日

1936年2月4日〜9日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年二月四日 火曜日 晴(第七巻)

午前はセルリーへ籾殻をやり、午後は霜除が破れて居たので修理する。
豌豆に仕柱を立て、夕方播種床温床に用土を入れた。


●昭和十一年二月五日 水曜日 晴(第七巻)

朝方、床内温度が高調を占したので茄子、トマトの播種をなす。
午後に及んで桑園の除草中耕をなす。


●昭和十一年二月六日 木曜日 曇後雨(第七巻)

午前中は桑園の中耕をなし、午後雨となったので温床硝子障子の
枠を作る。晩は白石方へラジオ聞き。


●昭和十一年二月七日 金曜日 晴曇(第七巻)

午前は枠作りだった。午後青訓、晩は富田君方へ蓄音機聞きに行く。


●昭和十一年二月八日 土曜日 雨曇(第七巻)

終日硝子障子枠作り。


●昭和十一年二月九日 日曜日 曇(第七巻)

庭木方の卯助ぢいさんが逝去され葬式にて米搗きかれこれと使いに廻る。
午後は早岐へ温床用の障子、ガラス、油をと買物に行きガラスを二分程
短かめて来た。


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2006年12月21日

1936年2月1日〜3日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年二月一日 土曜日 曇一時雪(第七巻)

午前は雀打かれこれだった。午後、葬式の場へ父の代人で出る。
父母は午後二時四十四分より日宇の婚礼式に行かる。
晩は姉と二人だったので富田君等を遊びに招いた。藤村さん達も
とまりなすった。


●昭和十一年二月二日 日曜日 晴曇(第七巻)

午前は家外の整頓をなし小さい障子を作る。午頃兄と義齢さんが
休みにて見えらる。父母もかへらる。午後は障子をはり遊ぶ。


●昭和十一年二月三日 月曜日 晴(第七巻)

終日鶏舎の障子に硝子を取付け、壁をもぬる。


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2006年12月20日

1936年1月28日〜31日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年一月二十八日 火曜日 晴曇(第七巻)

午前は日宇と佐世保の秋江さん出しの信書をかく。薪ののこびき。
午後ものこびき。晩は焼付をなす。


●昭和十一年一月二十九日 水曜日 晴(第七巻)

午前は日宇へ手紙(写真在中)を出しくいぎをそいだり薪木わりをなす。
日宇から政太郎氏がお見へになる。色々と二月一日の婚礼式について
断行せられ夕方かへらる。午後は里芋を市場出しの準備をす。


●昭和十一年一月三十日 木曜日 雪曇(第七巻)

降雪白々のため市場行きを中止し炬燵にあり。雀打かれこれをなす。
晩秋江さんが来訪なされた。


●昭和十一年一月三十一日 金曜日 晴曇(第七巻)

一吋見合せていたが市場へと今日こそは出發した。里芋は二銭五厘がへ
だった。午前中にかへり午後青訓にて野外演習、僕は三時半頃から早引し
温床の踏込みをなす。午後五時姉平戸より歸省さる。


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2006年12月18日

1936年1月24日〜27日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年一月二十四日 金曜日 晴(第七巻)

佐世保市場へと里芋をもって行く。市場は休業だった。
しかし野菜屋へ三銭二厘がへではめつけて二円余を得た。
温床用のガラス六枚を買ふて歸途日宇の吉田宅へちょっと立寄り
兄の入用書類(抄本、身元証明)を頼む。午前中にかへる。
午後は青訓にて自治会も行はる。


●昭和十一年一月二十五日 土曜日 雨曇(第七巻)

終日細工道具の手入れにてノコのハ切ったりとぎ方をする。
日宇から中泊方へ御見舞いにとこられ立寄らる。


●昭和十一年一月二十六日 日曜日 曇小雪(第七巻)

午前中は山へ仕事に行く。午後は兄が日宇より日曜だから来たと
いって見えたので散髪かれこれ薪木を切りわる。
白米一俵を自動車よりたのんで日宇迄届ける。晩父もかへられ
兄は七時半かへ歸宿さる。


●昭和十一年一月二十七日 月曜日 晴曇(第七巻)

朝方廣田の伯母さんを撮影し午前中は山仕事に行く。午間に塩屋へ
行き良市君等を撮して午後山仕事。晩は現像焼付をなす。

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2006年12月16日

1936年1月18日〜23日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年一月十八日 土曜日 雪一時晴曇(第七巻)

高川方の葬式にて母も崎岡に行っていなかったので父と二人
僕も出た。晩母かへらる。


●昭和十一年一月十九日 日曜日 雪晴曇(第七巻)

午前は塩屋精米所へ行って午迄遊んでくる。午後はリヤカーの
パンク修繕をなし遊ぶ。晩は長谷川安を招いて夜を明かす。


●昭和十一年一月二十日 月曜日 曇一時雪(第七巻)

雀打ちにて一日を過す。晩は兄が歸り、試験の結果は優に合格
(四十名の志願者に二人採用、航空機部験査工)し愈々明日より
出勤との事にて夜更列車九時半より日宇の吉田様方へ行かる。
ここより出勤さるので用品全部持ち行かる。


●昭和十一年一月二十一日 火曜日 曇一時雪(第七巻)

午前は青年学校女子教授中村先生の轉任にて告別式並びに駅迄
出迎へをなす。そしてついでに早岐へ信永君と買物に下る。
銃玉、サクリガンナを求む。(一円六十)午後は中泊方の使にて
原医院迄行き杉材一本を切倒し家に運ぶ。


●昭和十一年一月二十二日 水曜日 晴曇小雪(第七巻)

午前は朝方雀打ちをなし十時より杉材の製材に外尾迄行く。
午後一時半歸宅。其後雀打ちやら糠かひに塩かひにかじやへと廻る。
晩は高川方の一週忌によばる。


●昭和十一年一月二十三日 木曜日 晴(第七巻)

午前中は恩米の配付。かじやへも注文品をとりに行く。午後は自轉車
コースターの修理をなし夕方より晩にかけて里芋の商仕度。

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2006年12月15日

1936年1月11日〜17日 父十七才の時の日記

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●昭和十一年一月十一日 土曜日 晴(第七巻)

父十七歳の誕生日

大霜だった。終日豌豆の手入れ。午後は夕方早くより芝居見物
(本村木原立身の片岡恵美子嬢出演)に行く。


●昭和十一年一月十二日 日曜日 晴曇一時雨(第七巻)

午前は大根を掛けぼしする。平戸の兄さんが事件にてこられいろいろ父と
談講された。(母は日宇へ行かる。)
午後は大根を少しよせてから早々と芝居見物。


●昭和十一年一月十三日 月曜日 晴(第七巻)


午前は豌豆の仕柱を立て、午後に至って結球白菜三人がかりてくゝる。
晩は早くねた。


●昭和十一年一月十四日 火曜日 晴(第七巻)

終日麥圃の手入れ(施肥、中耕、土入れ)をなす。


●昭和十一年一月十五日 水曜日 晴曇(第七巻)

終日麥圃の施肥、中耕、土入れ。夕方母は日宇よりかへらる。


●昭和十一年一月十六日 木曜日 晴(第七巻)

初雪にて何だかなつかしい。終日兄と書斎にて勉強をなす。
現像液の製作をなす。


●昭和十一年一月十七日 金曜日 雪(第七巻)

今日も又雪だ。午前中は兄と書机にて勉強した。突然高川の母親が
久しく病床にあられしが他界せられしを聞く。そして山ノ田迄小野
さんと使に行く。
午後は青訓にて寒中運動遊戯がある。

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2006年12月14日

1936年1月7日〜10日 父十六才の時の日記

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●昭和十一年一月七日 火曜日 晴(第七巻)

午前は田口正君入営見送りにて九時五十八分よりだった。
かしここゝと遊び廻る。


●昭和十一年一月八日 水曜日 晴曇(第七巻)

霜がひどくて朝方は温め方。午後は兄と算術の研究。
晩は写真の焼付をなす。


●昭和十一年一月九日 木曜日 晴曇(第七巻)

午前は仕上がりの写真を平戸、崎岡へ送り兄と算術の研究をなす。
午後は辻より甘藷茎を兄と二人でよせ、夕方ふろをわかして入浴す。
西山四十四さんが突然挨拶にこられた。


●昭和十一年一月十日 金曜日 晴(第七巻)

午前は豌豆畑の中耕。午後は長谷川安さんいわ子さんの撮影をなし
青訓に行った。暮れ方兄は塩屋へ米を運ばる。


1936年1月4日〜6日 父十六才の時の日記

●昭和十一年一月四日 土曜日 晴曇小雪(第七巻)

朝食後、直ちに平戸名所見物にて一行は亀岡神社より、田助の
作江の故郷訪問へと廻り、兄が各所記念撮影する。
午後一時半に姉宅へかへる。


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2006年12月13日

1936年1月4日〜6日 父十六才の時の日記

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●昭和十一年一月四日 土曜日 晴曇小雪(第七巻)

朝食後、直ちに平戸名所見物にて一行は亀岡神社より、田助の
作江の故郷訪問へと廻り、兄が各所記念撮影する。
午後一時半に姉宅へかへる。


●昭和十一年一月五日 日曜日 晴(第七巻)

早朝より歸る仕度を整へて裁判所の前庭にて全員揃ふて撮影をなした。
余りにこれに時間をとられて佐世保直行の船に乗り遅れ、義齢さんと
西肥よりに同車する。潮兄も一時早く自轉車より出發する。
日宇の吉田宅についた時はもう潮兄も来ていた。そして写真をうつし
て直ぐ歸った。僕は義齢さんと映画見に行く。(松尾時計店より姉の
時計の九型と交換してもらう。)


●昭和十一年一月六日 日曜日 晴(第七巻)

朝食後日宇を直ちに出發して九時半の汽車にのり十時半歸宅。
午後は遊び、晩も富田君を招いて一所に寝た。


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2006年12月12日

1936年1月1日〜3日 父十六才の時の日記

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皇紀二千五百九十六年
西暦一千九百三十六年

昭和十一年度


●昭和十一年一月一日 水曜日 晴(第七巻)

午前は御ぞうにを食べてから九時五十八分の汽車より平戸行き。
午後二時頃平戸の姉宅へ着いた。(姉と二人だった。)
其後、大ちゃんと亀岡神社参詣に行く。晩は酒宴にて盛んだった。


●昭和十一年一月二日 木曜日 晴曇(第七巻)

午前は部屋に居て午後になり大ちゃんからさそはれ潮兄の来訪を
迎へに行ったが来なかった。歸りて見たら日宇の美齢さんがお出
なされていたので仲間にできたような気がして拡大だった。
今晩も盛宴行はる。


●昭和十一年一月三日 金曜日 晴曇小雪(第七巻)

美齢さんと二階に座りこんで潮兄の来訪を待つ。
午後五時頃潮兄が見へた。晩は又酒宴。



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2006年12月11日

1935年12月28日〜31日 父十六才の時の日記

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●昭和十年十二月二十八日 土曜日 晴(第七巻)

又、松竹梅の商に有田へ姉と行く。よく賣れ午後四時にかへる。
夕方商仕度、晩も兄の佐世保行も。


●昭和十年十二月二十九日 日曜日 晴曇(第七巻)

兄は佐世保へ〆商に行かれた。
有田へ松竹梅、〆をもって行く。今日もよく賣れ母子三人連れにて
かへる。午後二時半歸宅。
中食後、言ひ事講論にて母と兄とけんくわせねばならなかった。
これも少しの原因(母が僕をけいべつしたので腹を立てたのが)である。
しかしこんな事も後世、いましめにもなれば一つの修養なり。
しかし僕も悪い。これしきのの事に腹を立てて母親に対当するのも悪いのだ。
夕方をこれではいかんと年末早々と思って気を朗らかに持って又商の仕度。
晩も佐世保行の仕度にて十時半就床。


●昭和十年十二月三十日 月曜日 晴曇(第七巻)

今日より佐世保〆縄正月商にて兄と二人リヤカーにて午前四時半出發。
〆、松竹梅の商状相当よく、たいまい五円を賣上げた。
(夜店に居店をだして)晩も十一時頃まで商ひ引上げ。宿は金江方に
母とお世話になる。


●昭和十年十二月三十一日 火曜日 晴曇(第七巻)

終日佐世保にて正月商ひ。賣行も調子よく晩は九時頃引上げ。
歸宅十二時、七・八十ゴンボ〆が賣残る。

所感
昭和十年も今日今夜を以て終りである。ありとあらゆるものは皆
新春を迎ふるのだ。否この十年を過ぎ去ろうとしているのである。
楽しくもあった。又断腹想ひせつなきも夢路の如く思い察するに
この一ヶ年なんと起伏高低の極なるや。

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2006年12月09日

1935年12月22日〜27日 父十六才の時の日記

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●昭和十年十二月二十二日 日曜日 曇時々雪(第七巻)

姉と二人で早生甘藍の定植をなす。午後は牛舎の堆肥を積んだ。
兄は中村水車へ仕事に行かる。父も今日は栗枝取りにて終日。


●昭和十年十二月二十三日 月曜日 晴(第七巻)

午前中は大雪にて〆縄の芯作り。午後は父と三人で夏菊の植かへをなす。
母糯米洗ひかれこれ。兄は又中村水車へ。姉は兄に着物を繊ひ仕事をさる。


●昭和十年十二月二十四日 火曜日 晴(第七巻)

温床の仕事にて床土、堆積物の消毒、切替へをなし、春草花
(アスター、アネモネ等)の霜除覆をなす。
夕方、明日の有田〆縄商の仕度。晩に及んでなす。


●昭和十年十二月二十五日 水曜日 晴(第七巻)

有田へ〆縄商に行く。自分一人出發したが案外賣行良く、
二円余を得た。歸宅午後十二時半。


●昭和十年十二月二十六日 木曜日 曇一時雨(第七巻)

姉と二人有田へ〆縄商に行く。二円五十銭を賣って午後四時歸宅。
其後又明日商仕度。松竹梅かれこれ


●昭和十年十二月二十七日 金曜日 曇雨(第七巻)

有田へ〆、松竹梅の商にて雨のため夕方迄で賣りしが、有田出發
午後四時過だったので歸途暗くなった。吉福まで兄が心配して
迎へにこらる。晩までかかって商ふた事は今日始めてだ。
晩は又商仕度。

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2006年12月08日

1935年12月17日〜21日 父十六才の時の日記

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●昭和十年十二月十七日 火曜日 雨後曇(第七巻)

今日は兄と二人で俵装をなす。夕方僕は塩屋へ糯米搗きに行く。


●昭和十年十二月十八日 水曜日 晴曇小雪(第七巻)

富田君と福本方の死去通知の便に廻る。
波佐見、三川内、下ノ原、権常寺と廻る。午後二時四十五分の
列車より福本七郎さんの死骸が送られ三川内駅にて弔迎する。
夕方、ビーツ、セルリーの市場行仕度。


●昭和十年十二月十九日 木曜日 晴(第七巻)

市場へと行く。市価激高にて二円余を得た。セルリーの如きは
八束で一円四十だった。兄の写真材を求めて来た。此の前ので
全部揃ふた。歸宅後午後は廣田より樂を持って来られしを木原
と塩に届けに行き福本方の葬儀にのぞむ。晩は兄と写真の現像
をなす。


●昭和十年十二月二十日 金曜日 晴(第七巻)

大変なる霜だ。午前中は十時頃より粟跡畑を耕す。午後は青訓
歸りに島本君をセルリーを買いに来たので四十銭がとやった。
晩は又写真の乾板現像(午間に家内夫々撮りしを)だった。


●昭和十年十二月二十一日 土曜日 晴曇一時雨(第七巻)

午前は塩屋へ粟搗きに行き甘藍定植の準備。午後にかけて中生
ザタヤ甘藍の定植を済ます。兄は昨日から今日にかけて中村方
に仕事に行かる。晩は印画焼付現像、吾等は上手に出来ていた。

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2006年12月07日

1935年12月11日〜16日 父十六才の時の日記

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●昭和十年十二月十一日 水曜日 晴曇(第七巻)

非常に寒い。終日畑の小麥作り。(一反余を済ます。)
晩は〆縄作り。(二十)


●昭和十年十二月十二日 木曜日 晴曇(第七巻)

畑の小麥作り。大体は終る(二反半程)兄は正午頃村社参詣に行かる。


●昭和十年十二月十三日 金曜日 晴曇一時吹雪(第七巻)

ここ二・三日は小雪にて寒い。新開きの小麥作り。
午後は青訓にて三時頃歸宅しセルリー、夏蒔甘らん、●花に追肥をなし
夕方牛蒡掘り。


●昭和十年十二月十四日 土曜日 晴(第七巻)

春牛蒡の跡を耕して小麥作り。里芋の掘揚げ。午後は玉葱植付けを
なす。晩は〆縄作り(小を二十七)
兄は日宇に行かる晩より職工就職のことについて。


●昭和十年十二月十五日 日曜日 晴(第七巻)

玉葱植へ。父は午後は黒髪講に行かれ兄も日宇より歸宅されなかった。
晩は〆縄作り(小を二十五)


●昭和十年十二月十六日 月曜日 晴後曇(第七巻)

玉葱を植へ込んでしまふ。午後は早生甘藍の定植をもなす。
(三百七十八本)晩は〆縄小三十二を作る。
母は黒髪山より熊笹を取りに行かれ晩遅く歸宅さる。

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posted by gaku at 12:13| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.09-12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

1935年12月7日〜10日 父十六才の時の日記

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●昭和十年十二月七日 土曜日 晴(第七巻)

蕎麦の収納にて終日にわたる。夕方新開の麥田をこなす。
晩は又〆縄作り。


●昭和十年十二月八日 日曜日 晴曇朝方一時雨(第七巻)

午前は兄と〆のしん作り。午後は小谷の角力見物。晩は〆縄作り
(三晩にて七十余を仕上た)

所感
角力の如きは真に面白い。だがこれは第三者たるの想にして本人
たるは体力増進はいふまでもなく、強い所の男性的精神を多分に
築くものと思ふ。


●昭和十年十二月九日 月曜日 晴曇一時雨(第七巻)

終日兄と二人で〆縄作り(四十を仕上く)夕方ビーツ、セルリー
を市場行の仕度をなす。


●昭和十年十二月十日 火曜日 晴曇(第七巻)

市場よりは午前中にかへり(安い)午後は畑の埋め打ちをなす。
晩は〆作り(二十)

所感
今日の如く寒いなれど一生懸命に働けば努力の賜ともいふべきか
自然に暖りいひしれぬ温快を感ずる。これに反し寒気に打負けし
者たるやかへって保温なく精神上より見ても稍の決かんあるは
当然のことである。

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posted by gaku at 08:06| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.09-12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月05日

1935年12月1日〜6日 父十六才の時の日記

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●昭和十年十二月一日 日曜日 雨曇(第七巻)

僕は床の中からいきなりはね起きた。兄の退營を迎える日だ。
何となく嬉しいやうなそして二年振りの兄と会へるかと思へば
懐古の情にうたざれるを得ない。
平戸の兄を朝方駅まで自転車に乗せて見送り歸途中兄より午後二時四十分
三川内着との電報がとどいたので中食後、平戸の姉と有田駅まで行き
(西肥にて)兄と同車に同乗して来た。晩に至って兄の退營を祝ふた。
兄は親友との情話がかはされた。


●昭和十年十二月二日 月曜日 晴(第七巻)

午前は兄と除隊記念品の準備をなし免内に配礼する。
兄は免内挨拶に廻らる。
午後は籾摺、坂本方の二十余俵をなす。


●昭和十年十二月三日 火曜日 晴(第七巻)

午前は兄の御礼状を書きに同机し、午後は写真をはる。
晩兄は長谷川安君宅に遊びに行かる。


●昭和十年十二月四日 水曜日 雨曇(第七巻)

午前中は姉と粟引き。午後は自家の籾摺をなす。
二十五俵を摺る。兄も仕事さる。


●昭和十年十二月五日 木曜日 雨後曇(第七巻)

雨にて兄と書机にて遊び、夕方〆縄のしん造り。


●昭和十年十二月六日 金曜日 晴(第七巻)

午前は〆縄のしん作り、山ノ田へ盃を持って行く。
午後は青訓(教練)にて晩は〆縄作り。十時半就床。

所感
遊んだ後の気持と勢々しく働いた後の気分とは全く明暗の差が生ずる。
されば精神的愉快を感じる者は働く者のみにして甚大の奉福者なり。
遊者こそ国賊なり。精神不浄の人といふべきだ。さればこそ汗と油の
萬金にかへ難き価値があるのであると思ふ。

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posted by gaku at 10:01| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1935.09-12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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