今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年10月31日

1935年5月21日〜27日 父十六才の時の日記

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●昭和十年五月二十一日 火曜日 晴天(第七巻)

有田へリヤカーより甘藍賣りに行く。賣行よく一円十七銭を得た。
午前十一時半にかへり午後は辻へ春大豆のくぢり蒔きをなしに行く。
夕方甜瓜へ防虫網をして商の仕度をなす。


●昭和十年五月二十二日 水曜日 晴天(第七巻)

甘藍、馬鈴薯(斤五銭)、ピースをもって有田へリヤカーより
商に行く。賣行良好にて午前十時半頃かへり、まがの修ぜんを
なして、午後は養蚕棚を設置し籾摺にいって暮方かへる。


●昭和十年五月二十三日 木曜日 晴(第七巻)
終日山行きにてしばをリヤカーより運搬す。
朝食前山ノ田橋の土面つくりだった。(小麥袋の配付もある)
晩は温床の障子はりをなす。


●昭和十年五月二十四日 金曜日 晴(第七巻)

終日しば運搬だった。父は午後同年宴會に行かる。


●昭和十年五月二十五日 土曜日 晴(第七巻)

午前は今濕田の荒起し。午後は緑肥耕込みをなす。
晩は小学校へ映画見に(ブラジル移民)行く。


●昭和十年五月二十六日 日曜日 晴(第七巻)
終日濕田、春田の緑肥耕込。夕方蓮田の除草及び鶏糞の施肥をなす。


●昭和十年五月二十七日 月曜日 曇後雨(第七巻)

午前中は鶏舎の掃除をなしてから麥刈りだった。
午後は訓練にて軍事講演會行はる。歸途は雨のため
籾も摺らずにかへる。

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2006年10月30日

1935年5月16日〜20日 父十六才の時の日記

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●昭和十年五月十六日 木曜日 晴(第七巻)

有田へ甘藍賣りに行く。誰も連はなく一人だった。かなり賣れ
斤三、四銭にて昨日と同じ。手取金一円二十六銭。
正午にかへり午後は籾摺りに行き長崎へ白米一俵も送る。
晩はお茶もみにて十一時頃までかゝる。


●昭和十年五月十七日 金曜日 晴(第七巻)

午前は春大豆のくぢり播き。午後は訓練にて佐世保、重砲の
木原にて演習実況見学だった。
夕方商の仕度。甘藍をとり玉葱七斤を集めた。


●昭和十年五月十八日 土曜日 雨後晴(第七巻)

午前は雨だった。有田へリヤカーより甘藍、玉葱(七斤)を
賣りに行き商人が雨の為少く賣行良好にて一円四十二銭をとった。
午後は早岐の茶市見物に出かけて崎岡へ子供用自轉車のタイヤの
取付けに行く方針のもとに廣田へ泊る。晩は晩の町見物に行く。


●昭和十年五月十九日 日曜日 曇(第七巻)

朝食後直ちに崎岡へと出発す。午前八時半頃に到着しタイヤを取付後
午後三時前直ちに歸途に上った。三時半過歸宅、其後明日の商準備。


●昭和十年五月二十日 月曜日 晴(第七巻)

リヤカーより有田へ甘藍、玉葱を賣りに行く。商人多く賣行不振にて
玉葱の如きは持もどるに至ったが賣上一円二十銭。十二時半にかへり
(姉は賣行特良にて一円六十六銭賣上げられたそうだ。豌豆)
午後は早生甘藍田圃の整理をなし下葉を緑肥として水田を運ぶ。
夕方又商の仕度。父は昨日より春田の緑肥すき込み。

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2006年10月29日

1935年5月8日〜15日 父十六才の時の日記

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●昭和十年五月八日 水曜日 晴(第七巻)

午前は春田耕耘一反足らずを耕す。
午後は山へしばまるかしに行った。


●昭和十年五月九日 木曜日 晴(第七巻)

終日山へしばまるかし。甘藍をとって市場行きの準備をなし
夕方ピースを十斤ばかり取る。父は苗代の種蒔きだった。


●昭和十年五月十日 金曜日 晴(第七巻)

甘らん、ピースをもって市場へ行き斤一銭八厘、四銭にて
手取金僅かに一円二十一銭だった。ズボン、さるまたを
一円足らずがと買ってくる。歸宅後信用組合より石灰を
もってくる。午後は訓練だった。


●昭和十年五月十一日 土曜日 曇一時雨(第七巻)

終日田耕耘一反余を耕す。


●昭和十年五月十二日 日曜日 雨後晴(第七巻)

午前中は書斎にとじこもり軍隊の兄へ出す手紙の原稿をかく。
午後は春田をかく。二反足らずを済ます。


●昭和十年五月十三日 月曜日 曇(第七巻)

終日春田をかく。二反半余を済ませた。晩は崎岡へタイヤ
中袋の到着通知を出す手紙をかいた。


●昭和十年五月十四日 火曜日 曇雨(第七巻)

午前は濕田の耕耘をなし午後は養蚕棚を作る。
夕方甘藍を採取して明日の有田行を準備す。


●昭和十年五月十五日 水曜日 晴(第七巻)

姉と有田へ甘藍賣りに行く。賣行やゝ良好で一円二十五銭を
得した。(斤四銭より三銭。二銭五厘の卸)
午前十一時過歸宅。午後は濕田をかく。

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2006年10月28日

1935年5月1日〜7日 父十六才の時の日記

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●昭和十年五月一日 水曜日 晴(第七巻)

午前六時佐世保卸市場へと甘藍四十斤をもって出発す。
斤三銭がへにて一円二十七銭の手取金であった。
午前十一時半歸宅。其後養蚕飼育箱の組立てにて
午後三時迄かへり……それから村花見にて賑やかす。

※斤:尺貫法の質量の単位。1斤は160匁で約600グラム


●昭和十年五月二日 木曜日 晴(第七巻)

青年支部の国道修理にて午までかゝる。午後苗代田をかく。
明日の商準備に甘らん。豌豆(えんどう)を取せる。
明日の八十八夜巡礼に崎岡の伯母や廣田の伯母さんが来らる。


●昭和十年五月三日 金曜日 晴(第七巻)

市場へ甘藍、ビースをもって行き甘らんは斤二銭三厘がへで
総手取金一円二十九銭だった。歸宅午前十時。
歸途郵便局に立寄り、振替注文不着の件を尋合せた。
午迄苗床田の再耕をなし、午後は訓練(今日より訓練服着用)
にて教練だった。晩は早速父より請求書をかいてもらう。


●昭和十年五月四日 土曜日 晴(第七巻)

終日苗代田を整地する。夕方蓮根を植付ける


●昭和十年五月五日 日曜日 晴(第七巻)

終日春田耕耘、一反七八畝を耕した。


●昭和十年五月六日 月曜日 晴(第七巻)

終日春田耕耘、一反半余を耕し午後四時過止めて
すきがしらを耕す。トマトの手入れもなす。


●昭和十年五月七日 火」曜日 晴(第七巻)

今日は井出開城三百五十周年。日露戦争三十周年記念日にて
薬王寺にて大賑ひだった。我等請訓は午前七時より十一時迄
小学校にありて閲兵及儀式が行はれ其後薬王寺前方附近にて
盛大なる射撃演習を挙行して午前十二時半終了。
食後、小学校に立かへり銃の掃除をなした。訓練は終る。
午後三時頃より薬王寺に行く。余興かれこれに楽しく面白く
其日を過し歸途につく。

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2006年10月27日

1935年4月25日〜30日 父十六才の時の日記

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●昭和十年四月二十五日 木曜日 晴(第七巻)

終日辻の春大豆播き。牛蒡、人参を整理して作る。
夕方トマトを少し定植する。


●昭和十年四月二十六日 金曜日 晴曇(第七巻)

午前は中村方の水車工事の仕事に行き、午後は訓練だった。
歸宅後T号胡瓜の定植をなす。


●昭和十年四月二十七日 土曜日 曇一時雨(第七巻)

午前はトマトの支柱を立て敷藁をなす。
午後にかけて胡瓜の支柱を立て夕方四時頃より蓮根をほる。
井田さんトマト苗一〇〇本を相談して行かる。


●昭和十年四月二十八日 日曜日 雨曇(第七巻)

本田より注文せしメロン、スパイシーがとどいたので
早速温床内に播種した。終日にわたる。夕方少し蓮を掘る。
母は蓮、トマト苗を賣りに行かれ一本一銭には丈夫だったそうだ。


●昭和十年四月二十九日 月曜日 晴曇(第七巻)

午前は天長節の儀式に参列し、午後は揃って蓮を掘る。


●昭和十年四月三十日 火曜日 晴(第七巻)

午前は甘藍出荷販賣の準備をなし野菜瓜を播種す。
午前十時半頃より午後にかけて蓮を掘り全部掘り終って
夕方蓮根田を耕す。午間に役場へ養蚕飼育箱十五枚分を
取りに行く。

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2006年10月26日

1935年4月19日〜24日 父十六才の時の日記

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●昭和十年四月十九日 金曜日 曇雨(第七巻)

午前は早生西瓜の定植をなして桑園へ麥藁を運んだ。
そしてえど菊の定植をなしてトマト畑へ石灰窒素を耕し込む。
午後は訓練だった。歸宅後早岐へ金時種豆、牛蒡種を買ひに行った。


●昭和十年四月二十日 土曜日 晴(第七巻)

午前は苗代田の荒起し。午後は牛蒡畑をほどく。


●昭和十年四月二十一日 日曜日 晴(第七巻)

今日は我々青年の楽しい花見にて目的地を曲川桜厳権へ
午前十時溢るゝ希望を懐きながら出発。年若い連中は
楠木原方面へと廻った。到着十一時半。
口ノ尾我々数名は曲川真宗寺のお賑ひを見に行った。
其後桜花咲にほふ木立の下にて盛んに宴会を催した。
終り頃に芸者をあげよい気分のもとに午後四時半一行は
引揚げ。歸途は針明より西肥バスにて全部来る。
長谷川安さんが過酔衰弱された。
晩に及んでも後祝ひにて青年宿にて賑ふた。


●昭和十年四月二十二日 月曜日 晴(第七巻)

午前は牛蒡、秋豆の播種。午後は中村方の厩肥をとり
いりぐちの畑をさくる。


●昭和十年四月二十三日 火曜日 晴(第七巻)

午前は玉葱畑の間作、里芋を植付ける。
午後は里芋を作って胡瓜、甜瓜を播種す。


●昭和十年四月二十四日 水曜日 晴(第七巻)

午前はかまぶたへ春大豆播きに行く。
午後はメロン(スパイシー)二勺を振替にて注文し西瓜の播種。
トマトの定植をなす。

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2006年10月25日

1935年4月10日〜18日 父十六才の時の日記

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●昭和十年四月十日 水曜日 雨曇(第七巻)

午前中は障子をはりエコ油をぬる。午後は細縄なひ。
夕方温床トマトに施肥する。
晩は青年會にて花見は二十一日曲川桜見物と決定。


●昭和十年四月十一日 木曜日 曇雨(第七巻)

午前はハガキ(母が巡拝中宿泊礼状)をかいて姉の下駄修繕。
午後は父と竹山の荒地を耕す。夕方市場行の準備。
晩はさいもん(日の出さんの)聞きに行った。


●昭和十年四月十二日 金曜日 晴(第七巻)

筍、ビーツ、ふきをもって市場へ行き途中パンクを二度して
九時前後到着。手取金一円四十六銭。筍は斤五銭五厘。
午後は訓練だった。中山温床、鴨川温室の見学。


●昭和十年四月十三日 土曜日 晴(第七巻)

午前は玉葱の除草。午後はその中耕をなし
桑園へ厩肥を運び土寄せをなす。


●昭和十年四月十四日 日曜日 曇後雨(第七巻)

午前は桑園の土寄せをなし畑をさくる。
小雨の中に午後は書机にある。


●昭和十年四月十五日 月曜日 雨曇(第七巻)

終日父といなまきを織る(二枚だけ仕上げた)


●昭和十年四月十六日 火曜日 雨曇(第七巻)

午前は自轉車をきれいに掃除して午後は鞍修繕。
父は薬王寺へ仕事に行かる。


●昭和十年四月十七日 水曜日 晴曇(第七巻)

佐世保卸市場へビーツをもって行く。九十銭の手取金にて
鳥打帽子を買って来る。午前十一時前歸宅。
其後は桑園の施肥、土寄せをなし早生甘藍の除草をなし
父が暮方施肥さる。温床の胡瓜茄子に施肥する。


●昭和十年四月十八日 木曜日 晴(第七巻)

午前は畑を耕耘し午後は甘藷種を作った。ビーツ畑のあとを
耕し九條葱の移植をなし夕方胡瓜へ堆肥を基肥にやる。

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2006年10月24日

1935年4月1日〜9日 父十六才の時の日記

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●昭和十年四月一日 月曜日 晴(第七巻)

午前は蓮根を掘る。歯医者へいって午後はビーツを洗って
市場行の準備をなす。
夕方トマトの最後移植をなす。


●昭和十年四月二日 火曜日 晴(第七巻)

市場へ行く。ビーツ卵で手取金一円七十五銭だった。
色々と買物(ノート、金時豆、ごむのり、紙)をす。
午後は鶏糞かいて後市場行き準備。


●昭和十年四月三日 水曜日 晴天(第七巻)

ビーツをもって市場へ。九十一銭の手取金で買物
(引具、電池、エコ油)をして歯医者による。
午後は節句遊び散髪もする。


●昭和十年四月四日 木曜日 雨(第七巻)

終日リヤカーの底板を取付ける。父は福本方の法要。


●昭和十年四月五日 金曜日 晴(第七巻)

青年学校の始業式に参列し事務所より算納を取ってくる。
午後は中村方のあ厩肥を桑園に運ぶ。
柚木の明治さんこらる。


●昭和十年四月六日 土曜日 晴曇(第七巻)

午前中は畑を耕し姉と二人で金時豆を作る。
うし歯を歯科へいって合金でかぶせてくる。(料金三円だった)


●昭和十年四月七日 日曜日 晴(第七巻)

終日玉葱畑の除草。姉はかぜくはひが悪いとて就床。


●昭和十年四月八日 月曜日 雨(第七巻)

終日雨で細縄なひ。晩は雲仙国立公園主催(戀の長崎)の
映画を見に行く。


●昭和十年四月九日 火曜日 曇(第七巻)

温床踏込をなしてT号胡瓜の移植をなす。
夕方牛蒡、セルリーの播種。

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2006年10月23日

故郷探訪1

現在の新替橋・板井出橋・山浦橋を見に行ってきました。

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●山浦橋(国道35号線)
現在の山浦橋は平成10年7月に竣工されたものです。


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●板井出橋(国道35号線)
現在の新替橋は昭和45年3月に竣工されたものです。

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●新替橋(国道35号線) 
現在の新替橋は昭和45年3月に竣工されたものです。

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2006年10月22日

1935年3月22日〜31日 父十六才の時の日記

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●昭和十年三月二十二日 金曜日 晴(第七巻)

板井出にて石屋の小取。残業一時半間。


●昭和十年三月二十三日 土曜日 雨(第七巻)

山浦橋にて石屋の小取。小雨にて午前は仕事し
午後橋下にてたき火をなす。


●昭和十年三月二十四日 日曜日 雨曇(第七巻)


山浦にて石屋の小取。歯痛にて困る。


●昭和十年三月二十五日 月曜日 晴(第七巻)

山浦橋にて石屋の小取(歯医者に行って見てもらふ)
残業一時半間にて事務所の蓄音機をきく。晩遅くかへる。
入卵後数日をへたのが全部死卵となる。


●昭和十年三月二十六日 火曜日 晴(第七巻)

山浦橋にて石屋の小取。残業一時半間。


●昭和十年三月二十七日 金曜日 雨(第七巻)

山浦橋にて石屋の小取をなす。午後三時現場を立つ。
歯医者へいって四時半歸宅。


●昭和十年三月二十八日 木曜日 雨(第七巻)

山浦橋にて石屋の小取。午後二時現場を立つ。
歸宅後軍隊の兄への手紙を認める。


●昭和十年三月二十九日 金曜日 晴(第七巻)

山浦橋にて石屋の小取。残業一時半間にて歯医者に立寄る。


●昭和十年三月三十日 土曜日 晴(第七巻)

山浦橋にて石屋の小取。残業一時半間にてかへる。
古川店のがらすを破り色々いんねんをつけられる。


●昭和十年三月三十一日 日曜日 晴(第七巻)

道路愛護デーにて青年男女両團の道路修繕事業があり
終日にわたる。

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2006年10月21日

1935年3月11日〜21日 父十六才の時の日記

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●昭和十年三月十一日 月曜日 晴曇(第七巻)

山浦橋のスラブコンクリート打込みにて終日水汲み。
残業二時半間で終る。(長崎より父がかへらる)

※スラブコンクリート:コンクリート製平面板


●昭和十年三月十二日 火曜日 晴(第七巻)

新替橋にて石屋の小取。残業い一時半間。


●昭和十年三月十三日 水曜日 晴(第七巻)

新替橋にてせき板材木運びにて残業一時半間。
左足に釘をぬき事務所より薬をつける。


●昭和十年三月十四日 木曜日 晴(第七巻)

板井出橋にて石屋の小取。残業一時半間。


●昭和十年三月十五日 金曜日 晴(第七巻)

補習にて歸宅後、午後は麥圃のじやこあげ。


●昭和十年三月十六日 土曜日 雨曇(第七巻)

午前は自轉車の修繕。午後は遊ぶ。夕方仮植床の踏込。


●昭和十年三月十七日 日曜日 晴(第七巻)

山浦橋の土面コンクリート打込にて水汲み後
片附にて残業一時半間。


●昭和十年三月十八日 月曜日 雨天(第七巻)

終日温床保温こもあみ。夕方温床の障子をはる。


●昭和十年三月十九日 火曜日 雨曇(第七巻)

終日細縄なひ。夕方雨がやんだので早岐へエコ油
障子紙買ひにいってエコをぬる。


●昭和十年三月二十日 水曜日 晴曇(第七巻)

卒業式にて出校す。歸宅後午後は村の作場道修理に出て
夕方床土を入れる。


●昭和十年三月二十一日 木曜日 曇一時小雨(第七巻)

板井出橋にて石屋の小取をなす。定時間にてかへり
トマトの移植をなす。

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2006年10月20日

1935年3月1日〜10日 父十六才の時の日記

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●昭和十年三月一日 金曜日 晴(第七巻)

終日トロ押しにくりやらる。定時間後残業二時間
新替橋のコンクリートに働く。


●昭和十年三月二日 土曜日 晴(第七巻)

山浦橋アバットのコンクリート打込にて終日水汲み。
夕方歸宅後トマト第二回の移植。

※アバット:橋台

●昭和十年三月三日 日曜日 晴曇(第七巻)

午前は新替橋のこうらんのじふくコンクリート打込。
午後は板井出橋の假橋とき。


●昭和十年三月四日 月曜日 晴(第七巻)

山浦橋のアバットコンクリート打込にて終る。砂荷負ひ。
夕方歸宅後胡瓜の第一回移植をなす。


●昭和十年三月五日 火曜日 晴(第七巻)

板井出にて午前十時迄假橋とき。其後は上波佐見へ砂採集に行く。


●昭和十年三月六日 水曜日 晴(第七巻)

板井出の假橋とき。残業二時間行はる。


●昭和十年三月七日 木曜日 晴(第七巻)

補習にて歸宅後午後は入院せる宗像君へ見舞いに行ってから
初うま見物にて晩は狂言まで。


●昭和十年三月八日 金曜日 晴(第七巻)

新替橋の土面コンクリート打込にて終日水汲み。
残業一時半間。


●昭和十年三月九日 土曜日 晴曇(第七巻)

午前は新替橋の土面コンクリート打込み。
午後は石屋の小取をなす。残業一時半間。


●昭和十年三月十日 日曜日 晴(第七巻)

山浦橋にてコンクリート打込の準備。
晩は小学校へ映画見に行く。

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2006年10月19日

1935年2月22日〜28日 父十六才の時の日記

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●昭和十年二月二十二日 金曜日 雨(第七巻)

雨天にて終日家にあり。サクリガンナを作る。

※サクリガンナ(決鉋・作里鉋)
 底取り鉋とも呼ばれ、組手や敷居の溝を削るのに使われる鉋。


●昭和十年二月二十三日 土曜日 晴(第七巻)

終日父とかまぶたのひは畑を開拓する。


●昭和十年二月二十四日 日曜日 曇(第七巻)

新替橋にて仕事をなす。明日のコンクリート打込準備。


●昭和十年二月二十五日 月曜日 雨曇(第七巻)

新替橋のケタ、コンクリート打込にて終日水汲をなす。
午後四時頃より烈しい雨となる。


●昭和十年二月二十六日 火曜日 晴曇一時雨(第七巻)

雨天にて午前は書机にあり。午後は明ったので蓮根を掘る。
夕方茄の移植、トマトの播種をなす。


●昭和十年二月二十七日 水曜日 晴曇(第七巻)

新替橋のスラブコンクリート打込にて終日水汲み。

※スラブコンクリート:コンクリート製平面板


●昭和十年二月二十八日 木曜日 晴(第七巻)

補習にて歸宅後午後は温床の踏込み。床土もふるふ。

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2006年10月18日

1935年2月12日〜21日 父十六才の時の日記

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●昭和十年二月十二日 火曜日 晴曇(第七巻)

山浦橋にて終日基礎掘。今日は少しもぬれよごれずすんだ。


●昭和十年二月十三日 水曜日 晴(第七巻)

終日山浦橋の基礎掘り。富田君と二人二十五銭出しで
煙草休みに菓子おごる。

●昭和十年二月十四日 木曜日 晴曇(第七巻)

補習にて歸宅後、午後は温床踏込の準備をなす。
信永君を連れて来温床を見せる。


●昭和十年二月十五日 金曜日 晴(第七巻)

終日山浦の基礎掘りにてどぶあげ。夜業行はれしも出なかった。


●昭和十年二月十六日 土曜日 晴(第七巻)

山浦橋の基礎コンクリートを準備して打込む。
残業二時間にてかへる。


●昭和十年二月十七日 日曜日 晴(第七巻)

終日山浦橋の基礎掘り。歸宅後温床の踏込をなす。


●昭和十年二月十八日 月曜日 晴曇(第七巻)

山浦橋の基礎掘りで残業一時間半だった。


●昭和十年二月十九日 火曜日 晴(第七巻)

今日は板井出橋の土面コンクリート打込みにて残業五時間だった。


●昭和十年二月二十日 水曜日 晴(第七巻)

板井出橋の石垣の根掘りかれこれの仕事だった。


●昭和十年二月二十一日 木曜日 晴曇(第七巻)

補習にて歸宅後、午後は温床の床土を入れT号促成胡瓜の播種。
トマト、茄子の移植。晩は小学校へ教育映画を見に行く。

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2006年10月17日

1935年2月1日〜11日 父十六才の時の日記

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●昭和十年二月一日 金曜日 晴(第七巻)

午前は板運搬。午後を山浦橋へ来て土荷負ひ。


●昭和十年二月二日 土曜日 雨曇(第七巻)

山浦橋にて終日土荷負に入れ方をなす。
雨中に偶然一日を終る。


●昭和十年二月三日 日曜日 晴(第七巻)

山浦の橋梁工事で終日土荷負ひで過す。
歸宅後河岸より砂を荷負ふ。


●昭和十年二月四日 月曜日 晴(第七巻)

終日山浦橋にて土、石荷負ひ。歸宅後温床へ床土を入れ
茄子、トマトを播種す。


●昭和十年二月五日 火曜日 曇雨(第七巻)

板井出橋のケタコンクリート打込だった。
午後は雨で三時頃終ってかへる。歸宅後温床保温むしろをあむ。
晩は福日主催の活動写真見に行く。


●昭和十年二月六日 水曜日 晴(第七巻)

今日も板井出橋のケタコンクリート打込みだった。
終日付方をなす。


●昭和十年二月七日 木曜日 晴曇(第七巻)

補習にて歸宅後は温床設置の仕事をなす。


●昭和十年二月八日 金曜日 晴(第七巻)

新替橋にて終日水汲み。楽だった。歸宅後温床藁圍ひをあむ。


●昭和十年二月九日 土曜日 曇後雨(第七巻)

終日山浦橋の基礎掘り。午後は雨が降って雨宿りなんかをなす。


●昭和十年二月十日 日曜日 曇後雨(第七巻)

山浦橋の基礎掘にてどぶあげ。歸宅後温床藁圍をあむ。


●昭和十年二月十一日 月曜日 晴(第七巻)

山浦橋の基礎掘りにて土くさんまいになる。


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2006年10月16日

1935年1月23日〜31日 父十六才の時の日記

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●昭和十年一月二十三日 水曜日 曇後晴(第七巻)

今日は板井出橋にて暗溝掘り。一時雪模様を見る。


●昭和十年一月二十四日 木曜日 晴(第七巻)

補習学校に行き歸宅後、午後は自轉車のパンク修繕。


●昭和十年一月二十五日 金曜日 晴(第七巻)

大霜だった。新替橋にあり午前十時頃より早岐へ砂積に行く。


●昭和十年一月二十六日 土曜日 晴曇(第七巻)

新替橋にあり又早岐へ砂積だった。


●昭和十年一月二十七日 日曜日 晴(第七巻)

新替橋のアバットコンクリート打込にて夜業行はる。
晩九時過歸宅。水浴後直ちに就床。


●昭和十年一月二十八日 月曜日 晴(第七巻)

新替橋にて終日土荷負ひ。歸宅後くいうち。


●昭和十年一月二十九日 火曜日 晴(第七巻)

終日新替橋にて土荷負ひ。歸宅後枝菊の覆をす。


●昭和十年一月三十日 水曜日 曇一時雨(第七巻)

新替橋にあり。午後三時頃より測量の小取。


●昭和十年一月三十一日 木曜日 晴曇(第七巻)

補習にて歸宅後午後は温床の踏込み(播種床)をなす。
母に加勢してもらふ。

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2006年10月15日

1935年1月14日〜22日 父十六才の時の日記

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●昭和十年一月十四日 月曜日 晴(第七巻)

板井出橋にて終日てんぐ取り。


●昭和十年一月十五日 火曜日 曇一時雨(第七巻)

朝方より雨のため八時半より道路工事に行く。
終日山浦のトロ押し。


●昭和十年一月十六日 水曜日 雪曇(第七巻)

板井出橋にて終日てんぐ取り。雪日和にて大へん寒かった。


●昭和十年一月十七日 木曜日 晴曇(第七巻)

補習学校出校日にて午頃かへる。午後は橋梁工事に出
新替橋のピーヤのコンクリート打込。夜業があり八時半歸宅。


●昭和十年一月十八日 金曜日 晴曇一時雨(第七巻)

新替橋にてコンクリート業の跡片附だった。(????より
明日から一寸休んでくれとのことだった。)


●昭和十年一月十九日 土曜日 曇晴(第七巻)

終日か假植温床の床掘り。夕方竹切りに行く。


●昭和十年一月二十日 日曜日 曇(第七巻)

終日假植床の設置。一ノ瀬ミカ様突然として病状悪しく
遂他界の人となられし由を聞にした時夢かのやうだった。


●昭和十年一月二十一日 月曜日 晴(第七巻)

一ノ瀬方の葬儀で僕も使に廻った。軍隊の兄、長崎へ
ミカ様死去の通知をする。


●昭和十年一月二十二日 火曜日 晴曇(第七巻)

今日より又出た。新替橋のアバットコンクリート打込にて
夜業まで行はる。晩十時半歸宅。


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2006年10月14日

1935年1月1日〜13日 父十五才の時の日記

皇紀二千五百九十五年
西暦一千九百三十五年


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●昭和十年一月一日 火曜日 晴(第七巻)

數日間の正月商にてくたびれ終日遊び楽しい一日を過す。
田口正さんも長崎より歸省して居られたので一所に遊ぶ。


●昭和十年一月二日 水曜日 晴(第七巻)

午前は年賀状軍隊の兄へ便る手紙を書いて出す。
午後はマリ遊び、晩は青年宿たる福本方に宿る。


●昭和十年一月三日 木曜日 晴曇(第七巻)

終日遊び、自轉車のの掃除もなす。
夕方より青年一同ぜんざい會をなす。晩も一同と宿る。


●昭和十年一月四日 金曜日 晴曇(第七巻)

安さんと二人遊ぶ。皆は祐徳院へ居った。
晩は吉福へ映画見に行く。
振替をなす。(加藤より二十四吋用のタイヤ中袋)
長崎へ白米俵を送付する。


●昭和十年一月五日 土曜日 晴曇(第七巻)

終日遊び。午後は山ノ田の長谷川清人方に遊びに行き
御馳走になった。晩は吉福へ映画見に行く。


●昭和十年一月六日 日曜日 晴(第七巻)

午前は堆肥を乾し、午後は小麥圃の中耕。
晩は映画の後編を見に行く。


●昭和十年一月七日 月曜日 晴(第七巻)

終日遊び。今日が最後の遊び日だった。
安さんの自轉車を修繕してやる。


●昭和十年一月八日 火曜日 晴(第七巻)

終日麥圃へ堆肥を施す。
午後は中村方の馬舎より直接にやった。


●昭和十年一月九日 水曜日 雨曇(第七巻)

午前は裏畑に施肥する。午後は父と小麥圃の中耕作。


●昭和十年一月十日 木曜日 晴(第七巻)

補習学校に行き午後は父と桑園の整理(株こがし)
母姉は観音講にいあかる。


●昭和十年一月十一日 金曜日 晴(第七巻)

終日整理終へし桑園を耕した。父は大神宮講。

※父十六歳の誕生日です。

●昭和十年一月十二日 土曜日 晴(第七巻)

今日より富田君と二人連れ橋梁工事に出た。
終日水汲みだった。(賃銭六十銭)


●昭和十年一月十三日 日曜日 晴(第七巻)

新替橋にて終日てんぐ取りだった。砂運びもなす。


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2006年10月13日

1934年12月26日〜31日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十二月二十六日 水曜日 晴天(第六巻)

姉と二人有田へ〆縄賣りに行き總計一円六十三銭を賣り上げた。
母は早朝より廣田へ〆縄持って行かれ崎岡によられ梅、だいだい
かれこれの商の品求めに行かる。


●昭和九年十二月二十七日 木曜日 晴天(第六巻)

姉と二人松竹梅、〆縄の商に有田へ行き午後三時前にかえる。
(商状は松竹梅の賣行殊によく一生け十五以上に賣れ総賣上高
一円九十一銭を得た。)
其後又又翌日の商用意。夕方母も崎岡よりかへらる。
晩は注文の特大ごんぼ〆を作る。


●昭和九年十二月二十八日 金曜日 雨天(第六巻)

有田へ又松竹梅、〆かれこれをもって商ふ。
調子が良く賣行良好で二円四十三銭をとった。
しかし雨のため困ったが大した事もなかった。
午後四時頃かへり直ちに松とりに行く。(活花松用)
夕方又商用意。


●昭和九年十二月二十九日 土曜日 曇後晴(第六巻)

同じく有田へ姉と松竹梅、〆を商ふ。賣行不振でたった
七十四銭しか取らなかった。
午後二時頃かへり其後明日の佐世保へのお正月〆縄、
松竹梅商の準備。母は夕方頃より廣田迄行かれる。
晩はごんぽ〆を父と十五ばかり作り明日の仕度。



●昭和九年十二月三十日 日曜日 晴後曇(第六巻)

今日は佐世保へ正月商ひに午前三時半頃より出発す。歩ひて
八時前に着。商状大景氣で終日にわたり四円二十五銭を賣る。
午後六時にかへり晩は〆縄を二十七種作る。


●昭和九年十二月三十一日 月曜日 雨曇(第六巻)

朝方早くより降續く雨の中に自轉車より佐世保へ。今日は
悪い天氣に似相はず賣行かなりにて二円九十一銭を得、
商は夕方早く切上げ午後五時半歸宅。母は夜更歸へらるであらう。

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2006年10月12日

1934年12月20日〜25日 父十五才の時の日記

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●昭和九年十二月二十日 木曜日 晴天(第六巻)

午前はカマブタの畑を耕しに行く。温床際の畑をも耕す。
そして整地一斉済す。
午後は姉と菊畑の仕柱を取ぬき菊の移植をなす。
父母は小麥播き。


●昭和九年十二月二十一日 金曜日 晴天(第六巻)

午前は中村方の堆肥を取り運ぶ。午後に及んで甘藍、小麥に
施肥する。裸麥を畑に蒔いてから甘藍の土寄せ。


●昭和九年十二月二十二日 土曜日 雨曇(第六巻)

午前は夏菊の移植をなす。午後は母と二人で草花夏菊一斉の
植えかへをなす。そして大晩生長崎白菜の定植。
父は庭木方の損害被山の取計ひに行かれ富田鷹四郎方の
願成就に行かる。


●昭和九年十二月二十三日 日曜日 雨曇(第六巻)

終日〆縄作り。父と晩もしめを作り福本方へ泊りに行く。


●昭和九年十二月二十四日 月曜日 晴曇(第六巻)

午前中は〆縄作り。午後は餅付。夕方は明日の有田への
正月〆縄商の仕度。


●昭和九年十二月二十五日 火曜日 晴天(第六巻)

親子三人連れで有田へと〆縄賣り。仲間も長谷川さんがある。
賣行良好で一円五十二銭を得た。午後二時過頃かへり直ちに
松取りに行き又翌朝の商仕度。

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