今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年09月30日

1934年10月11日〜14日 父十五才の時の日記

1934.10.8-10.14.jpg

●昭和九年十月十一日 木曜日 晴天(第六巻)

午前五時半出發。胡瓜、菜豆、白菜をもって市場へと行き
歸りに校授業をうけて、午頃かへる。
午後は一生懸命姉と二人稲扱。二百余束をかたずけた。


●昭和九年十月十二日 金曜日 晴天(第六巻)

朝方藁を上げて午前は塩屋へ籾摺に(飯米二斗余)行き
午後は中村方の馬糞堆肥を車力で運来する。其の後稻刈り。


●昭和九年十月十三日 土曜日 晴天(第六巻)

終日稻刈り。一反七八畝を済ます。
午間にかぶの害虫駆除。


●昭和九年十月十四日 日曜日 晴後曇(第六巻)

午前は大晩生長崎白菜、春若大根の播種。
午後は稻扱、夕方商の仕度。(菜豆をとる)

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 02:10| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.10-12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

1934年10月6日〜10日 父十五才の時の日記

1934.10.3-10.8.jpg

1934.10.8-10.14.jpg

●昭和九年十月六日 土曜日 晴天(第六巻)

恵まれし運動会。今日は雨もからりと晴れて朗らかな
運動会気分が湧起る。盛大なる大運動会も午後四時を
もって千秋楽を遂げた。
夕方九條葱の播種。明日の市場行で菜豆を取る。
胡瓜の準備は朝方なした。


●昭和九年十月七日 日曜日 晴天(第六巻)

午前六時十分佐世保卸市場へと出發。歸途は強風にて困る。
午後十二時半歸宅。
午後は収納屋を整頓して稻の二十余束を扱ぎ、夕方豌豆を播く。
(茂木、グリンピース)白菜を引いて市場行の準備。


●昭和九年十月八日 月曜日 晴天(第六巻)

菜豆、白菜を持って市場に行く。午前十時歸宅。
トマトの仕柱をときくやし、午後は豌豆へ施肥し播きし
まゝなるものに土をかぶせる。
夕方甘藍の施肥中耕をなしてから米 きに行く。


●昭和九年十月九日 火曜日 晴曇(第六巻)

午前は朝方堆肥の切かへをなして稻刈り。
午後は稻刈り、夕方堆肥の積かへ。


●昭和九年十月十日 水曜日 晴曇(第六巻)

午前は秋胡瓜、白菜の採取、結菜畑の中耕、玉葱床の除草。
午後はビーツ、大根かぶ、法連草畑の中耕除草、
サダヤ甘藍の播種をなす。夕方菜豆をとる。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 06:58| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.10-12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

1934年10月1日〜5日 父十五才の時の日記

1934.9.26-10.3.jpg

1934.10.3-10.8.jpg

大十月

●昭和九年十月一日 月曜日 晴曇(第六巻)

終日牛蒡畑を深耕して播種する。


●昭和九年十月二日 火曜日 晴天(第六巻)

午前はかまぶたの菜豆畑の跡を整理し午後は蓮根を
姉と二人で掘り出す。


●昭和九年十月三日 水曜日 雨天(第六巻)

午前は障子のはりかへに手傳ひ。
玉葱の覆を取る。
午後かごの内覆をあむ。縄も少しなふ。


●昭和九年十月四日 木曜日 晴曇(第六巻)

白菜、菜豆をもって市場へといき、午前十時半にかへる。
午後は胡瓜畑の除草をなし長崎の兄さんが来なさったので
蓮を掘ったり芋、里芋、玉葱とかれこれ土産の仕度をして
駅までか叺一つを手荷物便にて送りに行く。
兄さんは明朝一ばんの汽車にてかへられるのだ。


●昭和九年十月五日 金曜日 雨天(第六巻)

我小學校秋季大運動會は雨のため順延さる。
終日藁細工。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 12:32| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.10-12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

1934年9月26日〜30日 父十五才の時の日記

1934.9.26-10.3.jpg

●昭和九年九月二十六日 水曜日 晴天(第六巻)

菜葉、柿少しを持って市場へいき十一時半過かへる。
午後秋胡瓜の手入れ。夕方甘藍の定植。
晩は防空演習にて燈火管制


●昭和九年九月二十七日 木曜日 晴天(第六巻)

朝方夏蒔甘藍の定植をなし午前九時登校。正午にかへる。
午後は辻の大根、蕎麥畑の中耕。かまぶたのそばも中耕をなす。
姉は有田へ商に秋トマト十斤足らずをもっていかれ
斤八銭に買られたそう。


●昭和九年九月二十八日 金曜日 晴天(第六巻)

午前は朝草刈り。明日の市場行準備をなす。(胡瓜に菜豆)
午前は前畑を耕す。


●昭和九年九月二十九日 土曜日 晴天(第六巻)

菜豆六斤、胡瓜少しをもって市場へと行く。
午後十二時半にかへり午後は草花、カーネション、
カリフォルニヤポピーの播種。
胡瓜畑の空所に大根、白菜の播種。


●昭和九年九月三十日 日曜日 晴曇(第六巻)

今日は岳のやぶはらいにて終日
夕方宴會があり歸宅。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 11:37| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月26日

1934年9月21日〜25日 父十五才の時の日記

1934.9.18-9.25.jpg

●昭和九年九月二十一日 金曜日 曇雨(第六巻)

午前は極早生丸T号極早生雨甘藍の播種。
鶏舎の壁えつゐをかき(午後)


●昭和九年九月二十二日 土曜日 曇雨(第六巻)

終日一ノ瀬力太郎方番のすずめおどしをなし間に間に
自轉車の修繕。


●昭和九年九月二十三日 日曜日 晴天(第六巻)

午前は風雨にあれし秋胡瓜の手入れ。玉葱床を耕耘。
夕方里芋の市場出し準備。


●昭和九年九月二十四日 月曜日 晴天(第六巻)

里芋五十斤余を持って問屋へ行く。四銭六厘にせれた。
歸途に硫安一叺を積んで来、午前十時過かへる。
午後は上波佐見の鹿山神社祭礼。角力見物。
晩は横手の狂言見に行く。


●昭和九年九月二十五日 火曜日 曇後雨(第六巻)

午前は玉葱床へ敷藁をなし、午後にわたって胡瓜、白菜の
中耕、追肥をなす。白菜の間引を問屋に出す準備を夜はなす。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:51| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1933.06-08 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

1934年9月17日〜20日 父十五才の時の日記

1934.9.11-9.18.jpg

1934.9.18-9.25.jpg

●昭和九年九月十七日 月曜日 曇天(第六巻)

市場へ玉葱(一銭七厘)根深(一ハ二銭)ビーツ(一ハ九銭)を
持って自轉車のさどるがかげたので早岐より新品と取かへてくる。
(二円三十銭)
午後一時半にかへり蔬菜園の手入れ


●昭和九年九月十八日 火曜日 晴天(第六巻)

午前は秋蒔甘藍の播種を準備し大根の中耕をなす。
午後は明日の市場行の仕度。


●昭和九年九月十九日 水曜日 晴曇(第六巻)

玉葱(三十八斤)牛蒡(大六パ、小中パ)深葱(十パ)
ピーツ、胡瓜、トマトのさっぱを持って行き一円三十七銭の手取り。
午前十一時半過にかへり午後は父と白菜、胡瓜の中耕。
玉葱苗床畑を耕す。


●昭和九年九月二十日 木曜日 雨天(第六巻)

午前八時過登校。正午頃にかへる。
午後は雨のため何もせぬ。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:56| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

1934年9月11日〜16日 父十五才の時の日記

1934.9.11-9.18.jpg

●昭和九年九月十一日 火曜日 晴(第六巻)

終日胡瓜の手入れ(先日の雨風でよごれた葉を一枚一枚洗ひ中耕もなす)
種注文横浜貴木田一円五銭。


●昭和九年九月十二日 水曜日 曇後雨(第六巻)

午前は青年の道路修繕事業。正午迄かかる。
午後は秋胡瓜の仕柱立て。敷藁をしき追肥をなす。
夕方より雨降りかゝる。


●昭和九年九月十三日 木曜日 雨天(第六巻)

午前八時半過登校。教科を午前中にて終り、
朝鮮の兄へ便りをなす。
午後遅くより竹細工をなす。


●昭和九年九月十四日 金曜日 曇天(第六巻)

今日は一斉心枯駆除で父は終日出らる。
終日秋胡瓜の仕柱立て及びくゝりつけ。
母達は蔵宿に入院されし中村啓四郎さんの痔病に
在られしに見舞される。

●昭和九年九月十五日 土曜日 雨後晴(第六巻)

終日雀おどし。荷積かごのふたを造る。
姉は青年團運動会の前準備。


●昭和九年九月十六日 日曜日 晴天(第六巻)

今日は我青年團運動會にて午前は行く。
午後はかご作り。ふたのふち迄済む。夕方商の仕度。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 13:48| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

1934年9月6日〜10日 父十五才の時の日記

1934.9.3-9.10.jpg

●昭和九年九月六日 木曜日 晴天(第六巻)

問屋へ玉葱を持っていく。一銭九厘がへだった。
歸りに學校へ立寄り教授うけた。
午後は茄、里芋の除草、土よせ


●昭和九年九月七日 金曜日 曇天(第六巻)

雨模様を呈したので蔬菜園の中耕除草をなし追肥を行ふ。
夕方辻より竹細工の竹を切ってくる。夕方より雨。


●昭和九年九月八日 土曜日 雨天(第六巻)

雨のため終日竹細工。自轉車積荷用のかごをつくる。成就できない。
夜は激しい雨となる。


●昭和九年九月九日 日曜日 晴天(第六巻)

終日竹細工。母は馬責方面へネバシ賣り。


●昭和九年九月十日 月曜日 晴天(第六巻)

終日竹細工。運搬積荷用かごがやっと落成する。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 05:24| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

1934年9月1日〜5日 父十五才の時の日記

1934.8.29-9.3.jpg

1934.9.3-9.10.jpg

小九月

●昭和九年九月一日(二百十日)土曜日 晴曇(第六巻)

朝草を切って歯醫者に行き正午近くにかへる。
午後は秋胡瓜の仕柱立て。

※仕柱:支柱


●昭和九年九月二日 日曜日 晴(第六巻)

午前は辻へ宮重、美早の大根まき。姉は有田へ玉葱賣り
午間に歯医者へゆき午後は秋胡瓜の仕柱立て。


●昭和九年九月三日 月曜日 晴(第六巻)

午前は秋胡瓜の仕柱立てに秋菜豆の土寄せ。
歯医者にいって(今日にてセメンでうめ全く終る)
午後は佐世保卸市場へ出荷する玉葱の仕度。自轉車の修繕。


●昭和九年九月四日 火曜日 晴(第六巻)

早朝より佐世保卸市場へと自轉車より玉葱(六十斤位)を
もっていく。二銭三厘だった。午前十時半にかへる。
午後は又玉葱の仕度をなし菊園の除草中耕。
夕方胡瓜のベト病駆除(ボルドー液四年式にて)

※現在の距離で自宅より佐世保卸市場まで約15キロ
当時の旧道だともっとあると思われる。
六十斤(約36キロ)の荷物積んで15キロ以上の道のりは
15歳の少年にはかなりの重労働。


●昭和九年九月五日 水曜日 雨天(第六巻)

今日も問屋へ玉葱を六十斤程もっていく。
雨日和のため安價でせれ一銭五厘だった。
午前十一時過かへる。午後は雨の中に胡瓜補植をなし、
除草をなした。夕方又玉葱の仕度をなす。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 11:27| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

1934年8月28日〜31日 父十五才の時の日記

1934.8.23-8.29.jpg

1934.8.29-9.3.jpg

●昭和九年八月二十八日 火曜日 晴一時曇(第六巻)

朝方潅水後午前はピーツを播き午後に至りて
秋胡瓜圃の除草。夕方潅水。


●昭和九年八月二十九日 水曜日 雨後晴曇(第六巻)

何と目出度く濕潤たるや見事。大降雨を呈した跡景
僕を思はず飛んで喜んだ。さぞ蔬菜類もよみがへりし情況ぞ。
歓喜!幸運?万歳
午前中はトマトの定植及び秋菜豆の補播。自轉車の分解修理。
午後は畑耕(辻と福本方の裏)
午間は駅前の歯科へ手術へ行く。


●昭和九年八月三十日 木曜日 晴(第六巻)

午前は秋菜豆の補播をなして胡瓜、菜豆の追肥、胡瓜の中耕。
午後は書齋を整頓し塩屋へ籾摺、かへりに籾殻をひいてきて
燻炭焼をす。夕方胡瓜の土寄せ。


●昭和九年八月三十一日 金曜日 曇後雨(第六巻)

午前は蕎麥播き。午後は結菜とかぶをも播った(福本様方裏)
夕方廣田、崎岡から伯母さんが二人連れこられた。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 06:07| 長崎 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

1934年8月23日〜27日 父十五才の時の日記

1934.8.23-8.29.jpg

●昭和九年八月二十三日 木曜日 晴一時曇(第六巻)

午前は潅水後トマトに胡瓜の下肥を施す。
(本田へ支那三尺胡瓜2勺を注文する)
午後は井戸がへをなし潅水後自轉車のぱんくを修繕して
桑木場の狂言見物に行き夜十一時半歸る。


●昭和九年八月二十四日 金曜日 晴天(第六巻)

午前は潅水後甘藍の移植をなし母と粟の除草、土寄せをなす。
午後自轉車のパンク修繕をなし夕方又潅水。
今日はかまぶた徳次方家具競賣に父母は行かる。
晩は権常寺の浮立へ。


●昭和九年八月二十五日 土曜日 晴天(第六巻)

午前は潅水後堆肥の堆積をなす。(本田より種子来る)
午後は支那三尺胡瓜の播種。晩は三川内の盆祭狂言見物。


●昭和九年八月二十六日 日曜日 晴天(第六巻)

午前は播種せし胡瓜へ籾殻をふる。胡瓜畑の除草。
午後は結菜を播く畑を耕し夕方潅水。


●昭和九年八月二十七日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は結球白菜(直隷白菜、野崎白菜二号)を播種し
午後はビーツを播く。畦を立て夕方野菜に潅水
(近頃の早魃には我々蔬菜栽培家もこりごりだ)
歯痛のちんれうへ歯科へ。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:06| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

1934年8月17日〜22日 父十五才の時の日記

1934.8.17-8.22.jpg

●昭和九年八月十七日 金曜日 晴天(第六巻)

午前は春大豆を引きにいってからかまぶたの大豆の跡畑を耕す。
午後は我が郷土の盆祭けふげんの舞台掛け。


●昭和九年八月十八日 土曜日 晴天(第六巻)

午前は昨日より引續き舞台かけ。
午後は前準備をとゝのへて夕方浮立を打込み。
愈々余興は始まりぬ。(新やとひ、佐世保連中座)
夜更十二時半を以て千秋楽を遂げたり。其後我々青年一同を
跡片附けをなし二時開散。


●昭和九年八月十九日 日曜日 晴天(第六巻)

午前は舞台の後片附け。午後は宴會で賑ふた。


●昭和九年八月二十日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は大豆を引きに辻へいって後、水田へ水揚げ。
午後は塩屋へ籾摺に行き長崎へ白米一俵を送った。


●昭和九年八月二十一日 火曜日 晴天(第六巻)

朝方、秋菜豆の補播をなし蚕糞を施肥する。午前九時半登校。
午前にて授業終る。
午後は仕残しの菜豆の補播をなす。夕方畑を耕く。


●昭和九年八月二十二日 水曜日 晴天(第六巻)

午前は秋胡瓜の生へ切れに補播し(早魃の為潅水を充分す)
午後は秋胡瓜の播種。夕方辻へ大豆引にいく。
晩は今福の狂言見に行く。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:14| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

1934年8月9日〜16日 父十五才の時の日記

1934.8.3-8.10.jpg

1934.8.10-8.16.jpg

●昭和九年八月九日 木曜日 曇天(第六巻)

風が強く雨模様はない。
終日水田の草取り。後二反足ず残る。


●昭和九年八月十日 金曜日 雨曇(第六巻)

午前は八時半登校(朝方トマトに敷藁をして)
お午頃かへり(学校では秋胡瓜、菜豆の基肥をさる)
午後は胡瓜、甜瓜、西瓜の後を整地して石灰窒素撒布後耕耘。
父達は田の草も取られ全部済まれた。


●昭和九年八月十一日 土曜日 曇一時雨(第六巻)

終日甘藷畑の除草。夕方牛蒡を掘り整地してそこへ法連草を播く。
姉は母明日の盆商の仕度に熱中する。


●昭和九年八月十二日 日曜日 晴曇(第六巻)

早朝玉葱一叺を有田迄自轉車から持っていく。
七時半にかへる。
午前は秋胡瓜を播く。午後は父と秋豆を作る畑の整地をなし
夕方一部菜豆を播く。


●昭和九年八月十三日 月曜日 晴曇(第六巻)

午前は朝方カシワの葉を取ってき来、其後秋菜豆を播く。
午直前郵便局にいって貯金を四十円引出してくる。
午後は自轉車のハンドルの所を少し修繕して夕方トマトの
支柱立て。


●昭和九年八月十四日 火曜日 晴天(第六巻)

午前はトマトの支柱を立てゝからビーツ畑の中耕をなす。
午後は盆遊びで夕方秋胡瓜及び法連草に潅水する。


●昭和九年八月十五日 水曜日 曇天(第六巻)

午前は潅水後ビーツ畑の除草をなし自転車のパンク修繕。
午後は安さん、辰美君と山ノ田へ遊びに行き盆祭の廣告
をはりに行く。


●昭和九年八月十六日 木曜日 晴天(第六巻)

終日遊ぶ。午後は安さんと二人日出迄行く。
晩は今福のけふげん見に行く。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 05:32| 長崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月17日

1934年8月3日〜8日 父十五才の時の日記

1934.8.3-8.10.jpg

●昭和九年八月三日 金曜日 晴天(第六巻)

終日田の草取り。新開を済セ●●上●●ソシテ菊床の整地。


●昭和九年八月四日 土曜日 晴天(第六巻)

朝方深葱を植込み(セルリーも)
終日田の草取り、二反半余を三人で取る。


●昭和九年八月五日 日曜日 晴天(第六巻)

有田へ親子三人連れふて玉葱賣り。僕は午前十時頃かへる。
午後は父と二人で田の草取り(つかのせまちを)


●昭和九年八月六日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は學校。八時半登校、正午歸宅
秋胡瓜の基肥(石灰窒素の耕込)がある。
午後は田の草取り。中食後より腹加減が悪かったが
夕方頃激しくなり仕事中激裂になったので急り家にかへり
床につく。熱が上り三十八度七分をこした。
夜中に及んで上げたので少しは気分がよくなって休眠する。
母は午後五時の●●


●昭和九年八月七日 火曜日 曇天(第六巻)

開眠後は大分腹気分良く頭痛もとれて正午に至って
少し下した。午後すかっとなったので青年の堂掃除に出た。


●昭和九年八月八日 水曜日 曇天(第六巻)

午前は小豆を引き秋胡瓜の基肥をなす。
そしてばいずい胡瓜を播種(一勺)する。
午後は田の草取、父、姉らと三人で七畝歩を取る。
夕方トマトの施肥(多五号)土寄せ。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 07:22| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

1934年8月1日〜2日 父十五才の時の日記

1934.7.27-8.2.jpg

大八月

●昭和九年八月一日 水曜日 晴天(第六巻)

有田へ玉葱賣りに母といき、僕は一円二十銭を賣上げる。
(●●四十斤をうる)午前九時歸宅。終日畑の仕事。
トマト、菊に水肥を施しトマトの追肥。


●昭和九年八月二日 木曜日 晴天(第六巻)

午前中は荒起ししたる畑のさくりをなす。
午後秋胡瓜の基肥(石灰窒素施用)
晩は浮立のならし。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 09:10| 長崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 父の日記1934.08-09 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月15日

1934年7月26日〜31日 父十五才の時の日記

1934.7.22-7.27.jpg

1934.7.27-8.2.jpg

●昭和九年七月二十六日 木曜日 晴天(第六巻)

朝方秋トマトの定植。午前は其後甘藍跡畑の除草。
午後は荒畑を耕し菜豆畑の除草。


●昭和九年七月二十七日 金曜日 晴天(第六巻)

午前は甘藍畑跡の除草をなし、午後は小屋元の
荒畑の除草をなし夕方菊の定植。


●昭和九年七月二十八日 土曜日 晴天(第六巻)

朝方法連草、ビーツの播種
(石灰施用し酸性中和以て発芽容易ならむ)
午前は甘藍畑跡の除草。午後は粟播き、夕方又菊植え。


●昭和九年七月二十九日 日曜日 晴天(第六巻)

今日は土用丑ノ日で姉は佐世保へ商(ほうづき、玉葱)
母も附近へ行かる。父と二人で粟播き、
午間はしじみ貝取りに行く。
夕方塩屋へ籾摺に行き、夕方又も菊播き。


●昭和九年七月三十日 月曜日 晴天(第六巻)

午前は辻のトマトの荒地を開地し除草耕耘。
午後は秋大豆の中耕に粟播き。


●昭和九年七月三十一日 火曜日 晴天(第六巻)

午前は辻の秋大豆の中耕及び牛蒡、人参の除草、ラッキョの植付。
午後は秋胡瓜の耕地を除草焼揚する。


azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 12:05| 長崎 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.06-07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

1934年7月21日〜25日 父十五才の時の日記

1934.7.15-7.22.jpg

1934.7.22-7.27.jpg

●昭和九年七月二十一日 土曜日 雨曇(第六巻)

午前は水田の中耕(新開一反余を)
午後は入口の桑園の除草。
笹口徳次方より石灰を相談してくる。


●昭和九年七月二十二日 日曜日 雨曇(第六巻)

空梅雨だったからとてか近頃は濕雨で梅雨代りかとも思はる。
午前中は水車の中耕。二番車押を済り三番目に取かゝる。
午後は辻の大豆畑の除草。
満州鷹野農園からと野崎採種場からと注文せし種子来る。
(秋胡瓜五勺、夏甘一勺、野白一勺)
午間に夏蒔甘藍の播種。


●昭和九年七月二十三日 月曜日 曇(第六巻)

終日強風。午前中は茄の支柱を切りにいって立て
秋作トマトの前整地(青枯豫防殺菌のため石灰、墨を用いる)
で終日にわたる。夕方小屋元の荒畑の草を沸。


●昭和九年七月二十四日 火曜日 雨(第六巻)

終日雨のため家にありて暑中見舞をかいたり
収納屋を整頓する。


●昭和九年七月二十五日 水曜日 雨曇(第六巻)

朝辻へトマトを取りにいく。
午前八時登校。正午にかへり午後は深水田の草取り。
夕方秋トマトの定植。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 05:21| 長崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.06-07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

1934年7月15日〜20日 父十五才の時の日記

1934.7.15-7.22.jpg

●昭和九年七月十五日 日曜日 晴天(第六巻)

午前茄子、里芋畑の土寄せをなし、自轉車のパンク修繕。
午後はぎおん遊びにて種苗目録を見たりする。
数ヶ月前より病で近頃除隊されて原病院に入院されて居った
坂本兼市君が突然病重くなりて今朝死亡された。
あゝ何たる運命のいたずらか。


●昭和九年七月十六日 月曜日 晴天(第六巻)

終日田の中耕、除草。夕方坂本方の葬式に行く。
野崎夏蒔甘藍を注文する。


●昭和九年七月十七日 火曜日 雨後晴(第六巻)

朝方は大雨。終日村御祈祷。
夕方水田の中耕、除草。


●昭和九年七月十八日 水曜日 晴天(第六巻)

終日水田の中耕。夕方トマトを取りに行く。(車力の検査)


●昭和九年七月十九日 木曜日 晴天(第六巻)

朝方六畝歩程水田の中耕をなし登校。
兵隊さんの出迎えに行く。午後は一ノ瀬方の水田の中耕。


●昭和九年七月二十日 金曜日 曇一時雨(第六巻)

終日水田の中耕。夕方トマトのか假植をなす。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 15:05| 長崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.06-07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月12日

1934年7月6日〜14日 父十五才の時の日記

1934.7.6-7.14.jpg

●昭和九年七月六日 金曜日 晴天(第六巻)

終日田植。今日まで本田の分は済む。


●昭和九年七月七日 土曜日 晴天(第六巻)

終日苗代田の整理をする。
早朝早岐まで肥料買ひに行き蓮田に施肥す。


●昭和九年七月八日 日曜日 晴天(第六巻)

午前苗代田の田植(朝方大豆粕かひにいく)
午後田植済祝で休体する。


●昭和九年七月九日 月曜日 晴曇天(第六巻)

終日秋大豆の下種二畝歩余を播いた。
長崎五寸人参も一合播く。


●昭和九年七月十日 火曜日 晴天(第六巻)

午前は姉と辻の荒畑の整地をなし
午後は木豆を播き夕方有田への盆商ひの仕度をなす。


●昭和九年七月十一日 水曜日 晴曇(第六巻)

有田へ甘藍賣りに行く。午前九時にかへり桑畑の除草をなす。
午後は辻へ大豆を蒔きにいく。


●昭和九年七月十二日 木曜日 晴曇(第六巻)

姉と二人有田へ甘藍賣りに行き午前九時にかへり直ちに登校。
午後は商の仕度。


●昭和九年七月十三日 金曜日 雨曇天(第六巻)

有田へ母と商に行く。盆の花市がたった。
大雨でさほどまでもない。


●昭和九年七月十四日 土曜日 曇天(第六巻)

終日桑畑の除草。茄子、里芋、牛蒡畑の除草。
母は須古村の水戸詣り。
姉は晩、早岐のぎおんにはかに行かる。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 11:50| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.06-07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

1934年7月1日〜5日 父十五才の時の日記

1934.6.27-7.5.jpg

大七月

●昭和九年七月一日 日曜日 曇後雨(第六巻)

午前有田へ玉葱を賣りに行き
午後は田植一反八畝をうへた。


●昭和九年七月二日 月曜日 晴曇(第六巻)

終日田植。家際の田は大分植付終る。


●昭和九年七月三日 火曜日 晴天(第六巻)

終日田植(庭木方の田を)二反余うへた。
庭木方の赤子争動で(急性肺炎とか)
人数が二人もへる。(水田の水がわく)


●昭和九年七月四日 水曜日 晴天(第六巻)

終日田植。今日も大分照りつくる。
六人で二反余を植へる。


●昭和九年七月五日 木曜日 晴天(第六巻)

終日田植。田原は大方済む。
おアイさんが加勢にこられた。

azusa1.jpg
●人気ブログランキング参加中!1日1回クリックお願いします。→banner_02.gif
posted by gaku at 05:08| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1934.06-07 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。