今日から父とともに生きる。

父の死後から45年、父との生活を11年間の短い間しか送ることのできなかった私は
残された父の日記を読み返しながら、
直接聞くことのなかった父の生き様や考え方を知り、
残された私の人生が少しでも豊かなものになるよう、父と共に生きようと思う。
(2006.2.14.by son)



2006年07月31日

1934年1月1日〜3日 父十四才の時の日記

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大一月

●昭和九年一月元旦 月曜日 曇(第六巻)

すがすがしき元旦の朝は鶏声と共にほのぼのと白みたり。
あらゆる生物は新春の香に慶びをともす。
夜通しの商のため佐世保に午前二時半迄在りて商ひ商況
不振の趣が現れたので早速歸途に上る。
自轉車より走り一時間半を以て歸宅。三時五十分、急い
で入浴すとたん夜警の人がはせ来らるゝのでその由を聞
けば僕達の風呂わかしを火事と見違でこられたのです。
僕と兄は御礼を言った。
就床午前五時、起床午前九時。朝食後年の餅をも食べて
小學校の儀式に列席す。
午後は楽しく遊んだ。長谷川安君方に行って遊ぶ。
久野君も職工の休みだといって遊ばる。


●昭和九年一月二旦 火曜日 曇一時霰(第六巻)

終日遊び。朝食後ハガキ買ひに行き其後小鳥をうつ。


●昭和九年一月三旦 水曜日 曇霰(第六巻)

終日遊び。午前中は玩具飛行機を作製す。午後は小鳥うち。

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2006年07月30日

1933年12月24日〜31日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月二十四日 日曜日 晴曇(第五巻)

午前は縄なひ、間〆に用ふるのを。
午近く辻迄竹を切りに行き午後は竹細工(ゐないかご)、
兄は高川方の建家加勢。母が崎岡より午後三時頃かへられた。


●昭和八年十二月二十五日 月曜日 晴天 大正天皇祭(第五巻)

今日は餅付。午後三時前済み。
僕は終日竹細工。兄は午後蓮を掘られた。


●昭和八年十二月二十六日 火曜日 晴天(第五巻)

親子三人連れ有田へ商に行く。〆縄なんかを賣りに、
僕は〆縄の賣上高一円九銭を得た。
午後三時にかへり其後竹細工。父は柚木へ、夕方廣田の伯母がこらる。


●昭和八年十二月二十七日 水曜日 晴天(第五巻)

午前中は〆縄作り、午後も同じ。
晩は明日の商仕度で大争動。


●昭和八年十二月二十八日 木曜日 雨曇(第五巻)

自動車をあてにして商を試たところ商は中止された。
終日竹細工。やっとゐないかご一かを作りおわる。
姉は病(たしかふぅーばれ)の為床中にある。


●昭和八年十二月二十九日 金曜日 晴天(第五巻)

午後五時より自動車より出発。正月商に行く。井田さんと同乗す。
夜明前に佐世保について〆縄賣を試みるに賣上高一円四十九銭を得た。
兄は朝崎戸行の〆縄を卸、ごんぼ〆を五十程やられたので
直ちに自宅へかへられ〆縄をもってこられた。
夕方僕は兄と自轉車よりかへる(僕は後にのって)


●昭和八年十二月三十日 土曜日 雨天(第五巻)

兄と朝六時半に夜の明けてから自轉車より我家を出た。
午前八時佐世保へ到着。終日の商と一円三十六銭を賣った。
兄は午後三時に、僕は五時にかへった。


●昭和八年十二月三十一日 日曜日 晴曇(第五巻)

今日も正月商で朝早く自轉車より佐世保へとむかふ。
賣行はかなり良好だった。晩に及んで商をこころみた。
翌朝二時迄商ふた。今日三円程商ふた。

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2006年07月29日

1933年12月21日〜23日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月二十一日 木曜日 晴曇一時霰 防火デー(第五巻)

午前中は兄と米を塩屋へ賣りにもっていく。
午後は甘藍植へ。
中食後はつるしばをたくさん取ってこられた。


●昭和八年十二月二十二日 金曜日 雨曇天(第五巻)
 防火デー 折尾瀬村實業公民學校 農産品評會

朝兄は學校まで品評會の出品物をもって行かる。
僕等は出校日なるが為登校をなす。正午頃にかへる。
母は夕方崎岡に行かる。
父は終日くりやばし作り。午後は兄と〆縄作り。
晩兄は御馳走に坂本からよばれて行かれた。


●昭和八年十二月二十三日 土曜日 雨曇天(第五巻)

終日〆縄を作る。午後兄は品評会の授興式に行かれ目度、結球白菜二等賞
(手のこぎり一本)人参三等賞(洗面器一個)を得た。
夕方高川方の建家祝の餅拾ひに行く。父は晩客によばらる。

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2006年07月28日

1933年12月18日〜20日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月十八日 月曜日 晴曇時々雨 願成就(第五巻)

午前中は玉葱植へ。今日に至りて全部済んだ。其後午前中は甘藍の定植。
午後は姉と甘藍を植へ三時頃終へ其後願成就で遊び、兄は午後蓮を掘らる。


●昭和八年十二月十九日 火曜日 曇雨(第五巻)

終日〆縄作り。晩〆縄の毛むしり。母は江永へ商に行かれ高瀬さん方へ
祝いは野菜の注文をもって行かる。


●昭和八年十二月二十日 水曜日 晴曇時々霰 願成就(第五巻)

午前中は兄と〆縄作り。姉は有田へ蓮、菊を賣りに、
母は木原へ商に行かる。
午後は三人で一ノ瀬宅の裏畑を耕した。(甘藍をうへる)
父は桑木をくくられた。

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2006年07月27日

1933年12月15日〜17日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月十五日 金曜日 晴後曇 黒髪講(第五巻)

終日僕一人で菊畑の根をこがす。姉は学校、兄は籾摺。
父は父に事件に廻らる。(黒髪講にも行かる)
又母は黒髪様へ参拝に行かる。
父は午後事件で佐世保に行かれ晩九時頃かへられた。
母も一所にかへらる。


●昭和八年十二月十六日 土曜日 晴曇一時雨(第五巻)

終日玉葱植へ。午前には温床の整頓をなす。
午後は福本森助さん方裏の畑の整地をなす。
秋胡瓜の支柱をはずしたりビーツを引揚げたりする。


●昭和八年十二月十七日 日曜日 雨(霰雜)後晴曇(第五巻)

今日は少し寒かった。僕の足は此四、五日前から大へん足が
治ったと見えほとんど痛いといふ痛さは覚へぬやうになった。
終日兄と〆縄作り(ゴンボ〆)母は味噌製造、姉は裁縫、
父は午前は薬王寺の寄附金集め、午後は草履を作くらる。
晩は〆縄の毛むしり。

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2006年07月26日

1933年12月12日〜14日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月十二日 火曜日 晴曇天(第五巻)

終日玉葱植へ。母は停車場方面に商に行かる。
午後は辻に行って植へる。


●昭和八年十二月十三日 水曜日 晴天(第五巻)

午前中は公民學校に行く。父兄達は辻の畑に小麥作り。
午後は學校よりかへりて後、玉葱苗をこかし少し植へる。
兄は籾殻を運ばれくん炭を焼かる。


●昭和八年十二月十四日 木曜日 晴天(第五巻)

午前中は玉葱の植苗をこがし苗床畑を耕す。
父は朝方より何かの事件に、母は商に行かれた。
午後は中食を一時過なしたるがため二時過より玉葱を植へ、
夕方菊畑の跡片附をなして種苗を隅から片附けて植へた。

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2006年07月25日

1933年12月9日〜11日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月九日 土曜日 曇後晴(第五巻)

終日兄と〆縄作り(ごんぼしめ五十〆足らずを)
母は駅附近に行かれ酒樽を一樽買ふてこらる。姉は學校に、
父は他家に行かれた。晩はごんぼ〆の毛むしり。 


●昭和八年十二月十日 日曜日 晴曇時々雨(第五巻)

終日しめ縄を作る。兄は塩屋精米所より籾殻を運ばれくん炭さる。
午後兄等は畑を片付けられて耕すさる。父は他家行き。


●昭和八年十二月十一日 月曜日 曇天(第五巻)

僕の足は相変らず痛みがとれず人知れぬ苦しみを日々続けている。
あゝ何といふ不幸不運であらうか。仕事をするにも言ふに言はれぬ苦しみだ。
終日玉葱植えへ。母は吉福のおそでさん方に泊られて江永に商に行かれた。

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2006年07月24日

1933年12月5日〜6日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月五日 火曜日 晴天(第五巻)
 村社祀年祭 新嘗祭 入退營奉告祭

終日麥作り。兄は下のおばさん方の田をかれ、其後村社へ入退營奉告祭に
行かれ午直後かへらる。姉は十時頃より正午迄花生のけいこ。麥作りはお
こ口を済んでさやん神の田迄済む。下一反はもう明日で済む予算だ。


●昭和八年十二月六日 水曜日 晴天(第五巻)

午前中は補習学校に行き正午頃かへる。農業に甘藍の定植であった。
午後は麥作り。夕方父と豊田甘藍、中野甘藍の両早生種を定植す。
兄は夕方藷畑を耕された。
麥作りは今日に至って略済んだわけである。あと自家の裏田に小麥を作る
だけだ。
晩は兄と薬王寺へ御説教聴きに行く。十一時歸宅。

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2006年07月23日

1933年12月1日〜4日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十二月一日 金曜日 晴天(第五巻)

午前中は養鶏の仕事を済まして書斎に寄り学習などしておる。
午後は足が大分調子よくなたので父達と麥作りに出、塊しやぎをなす。

姉は午前中は補修学校に行かれ午後一時頃かへらる。兄は田耕し。


●昭和八年十二月二日 土曜日 晴曇(第五巻)

朝方洗濯をなし養鶏の仕事を済まして終日麥作り。
一家総出の眺めこそ健やかである。


●昭和八年十二月三日 日曜日 晴天(第五巻)

今日はなんかに至って足痛は殊にへり、立歩きはもう大分自由になる。
終日麥作り。宇助ぢいさん宅の前田とつかの狭をつくり作りかけ済み得
なかった。母は午直後日出し迄瓦炭を取りに行かる。


●昭和八年十二月四日 月曜日 晴天(第五巻)

もう大分足も全快向になったのであらう。別に何等不自由もない。
(平野商店より商報目録来る)
終日麥作り。今日はつかの狭を済ませて後一作田を作りおこ口を作りかけ
た。母は朝方商に行かれ午後は薬王寺へ説教とかがあるといって、父と兄
は朝方一車日出しり炭を引いてこられ、ふるはれて肥料にさる。
午頃よりこみいられ、廣田のまが造りより五円七拾銭で暮れ方再参した時
に買はれた。

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2006年07月22日

1933年11月28日〜30日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月ニ十八日 火曜日 晴天(第五巻)

午前中は朝方養鶏の仕事を済まし下駄箱を掃除整頓をなす。
午頃三川内から菊花を賣ひにこられたので菊畑につれていき案内する。

午後は姉が生花のけいこをしていらるのを拝観し後牛蒡をすぐ。
夕方大分足が痛みが治ったので中生サタヤ甘藍を假植なす。
晩は福本清九郎さんの御苦労見舞にまぜ飯をして上げらる。
父は午前横手に行かる。兄は長崎へ糯一俵を送りに行かれ其後大晩生
長崎白菜の定植。午後は兄は田耕、父は田工事。姉は午前は朝方籾ほし
其後花生、母は商に行かれ午後姉は辻へ大根収穫。


●昭和八年十一月ニ十九日 水曜日 晴天(第五巻)

足の痛みも大分とけて、午前補修学校に自転車より行ったら歩くよりは
大そうよかった。午後は植かけの中生サタヤ甘藍を假植す。
兄は午前中籾摺に塩屋へ行かれ午後は田耕、母と姉は午前ムクロを採られ、

午後辻の大根の収穫、そば刈り。
夕方乾されてあった籾(赤神力)を貯蔵庫に容らる。
晩は姉の佐世保へ菊売りん行く用意。


●昭和八年十一月三十日 木曜日(第五巻)

午前中は養鶏の仕事をすまして家に居て美髪液を造られるのを見たりし
て書斎に閉ぢこもる。
午前十時頃柚木のおぢさんがお出でになり何か用事のあってこられたそ
うであった。午後直にかへらる。

午後は青年の送別会には行かない。足痛のために。兄は入営者として
御客様の身分にあり同者三人で会席んい出られる。晩に及んで賑わふ。
姉、父母は籾をひらる。全部籾ひは済まれた。

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2006年07月21日

1933年11月25日〜27日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月ニ十五日 土曜日 晴天(第五巻)

今日はも大分足のはれもとれて自由になった。だが未だ本當にはない。
午前中は兄と部屋のたたみを敷板をしいてしく。其後鶏舎の障子はり、
午後は板の釘付をはずす。
兄は午後麦圃のよけされへ。父は終日中原事件にあちこち廻らる。
母達は終日油しめ。姉は佐世保のうどごえ迄遠足だといって行かれたが
中止されたといふ。


●昭和八年十一月ニ十六日 日曜日 雨曇(第五巻)

午前中は戸口の庭障子をはり兄の自転車のチエン覆のこはれたのをハン
ダー付をなし鶏舎の障子に切れをはる。
兄は午後麦圃のよけされへ。姉は午後中は裁縫、午後は前平の歯科に
行かれ(今日セメンで埋められたそうだ)た。
母は朝方商に行かれ、大根を注文されたといって引いて直ぐ持って行か
れる。父は三川内に牛を賣られたお金の催促に行かれやっと全部取りすま
せてこらる。
(今まで六十五円を入れすんでいた残が利子まで全部で六十円のを玄米五
俵金五円)


●昭和八年十一月ニ十七日 月曜日 晴曇(第五巻)

午前中は温床のコンクリートに覆をして宇助ぢーさん宅に遊び、後長崎よ
りお送り下さった雑誌(今朝「家の光」十二月号)を讀んだりして足の痛
みのため遊ぶ。

午後は諸びん棚の整頓」をして夕方ふろをわかし入浴。
父と兄は三川内の多市さん宅迄約束の玄米五俵を引きに行かれ行きがけに
は塩屋精米所で籾摺る籾をもって行かれ歸りには三川内の玄米五俵を俵八
円で賣却され籾摺られた玄米七俵余を運んでこらる。(午後二時半頃かへ
らる)姉は学校へミシンかけに母は商に行かれ、午後兄は大晩生長崎白菜
の定植、父母姉は芋掘り。

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2006年07月20日

1933年11月23日〜24日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月ニ十三日 木曜日 晴曇一時雨 新嘗祭(第五巻)

午前中は障子のふせはり。午後は二時半頃まで障子をはり、其後温床の
コンクリートに用ひたる板枠の針付をはずす。三時過から大雨、其後は
薬を足につけかへてかまどをたく。

午後一時三十一分の急行列車にて中村水車方の馬車が事故せう突して
人馬には何ら負傷命にかかはるやうな事なく荷車が破壊したのみであっ
たそう。兄は終日田耕、父等は芋掘り、姉は午前、前平の歯科に行かる。


●昭和八年十一月ニ十四日 金曜日 雨一時曇(第五巻)

午前中は温床の板枠を板を一枚一枚はずす。
其後兄と正午頃まで書斎に閉ぢこもりいろいろの理論話に趣味をわかす。

午後はゆっくりと障子をはり母達(かまぶたのおばさんと善六さん方の
ゆきえさん)のかたしの油しめを傍観す。夕方長崎の文野さんが帰ったと
いって挨拶にこられた。父は終日留守、三川内に行かる。兄は午後訓練、
姉は補習科に行かれ午後前平の歯科に行かる。(今日神経ヲトラレタソウ)

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2006年07月19日

1933年11月21日〜22日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月ニ十一日 火曜日 晴天(第五巻)

今日は足の痛みもとれて大そう自由になる。終日障子をはる。
兄は終日籾摺、姉は朝食後前平の倉石歯科に歯の手術に行かれ、午直前
生花のけいこがある。
母は三川内迄、姉が佐世保へ菊賣りに歯の痛みのため行きえられなかっ
たので商いに行かる。

午後は芋を掘って収穫さる。


●昭和八年十一月ニ十ニ日 水曜日 晴天(第五巻)

午前中は補習學校に痛き足を引きはりながら出校し實習はしないで
午前十一時半頃歸宅。其後午後にかけて障子はり。雨戸附の八枚を残し
外は全部はり終る。
夕方ふろをわかす。お湯に入り晩はゆっくりやすむ。
兄は午前、川棚まで犁を買ひに行かる。お午にかへられた。
森田式雨用犁豊年号を購入されてこらる。
父達は終日芋掘り、辻の芋畑は全部すんだそう。午後兄は新開の田耕、
改良犁の試運囀をさる。

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2006年07月18日

1933年11月19日〜20日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月十九日 日曜日 晴曇時々雨(第五巻)

父と兄は終日水田の耕地整理の工事に働かる。
午前は姉は里芋を掘らる。貯蔵するため。母は秋胡瓜の支柱をはする。
午後は姉母は里芋の貯蔵準備、姉は落花生ヲ掘ラレル。

今日あたりから足の痛みは大分よくなってそろそろは立って歩ける位に
なる。午前中姉母達が仕事場に行って遊ぶ。
午後は障子はり。そろそろとはりやっと一枚の障子をはった。
夕方兄は市場に搬出する野菜(人参、ビーツ、法蓮草、赤聖大根
フランス人参、トマト)の準備をさる。



●昭和八年十一月ニ十日 月曜日 雨後晴(第五巻)

今日は大分足の痛みがへり立歩きが出来るやうになった。
でも荒歩きはできぬ。終日障子をはる。
父は終日横手の中原地面賣却●件に廻らる。
兄は佐世保の卸市場へ母は二度附近に商はれた。
夕方姉が明日佐世保へ商に行く準備、晩にかけて。

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2006年07月17日

1933年11月17日〜18日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月十七日 金曜日 晴後曇(第五巻)

今日も同じく寝たり起きたり、朝薬を付けかへた。
父と兄は田原の耕地整理の工事に終日働かれ、姉は補習學校に行かる。
午前中は外庭にて椅子に腰かけて自動車学教授書を讀む。

午後は書斎を整頓し晩は早く寝た。

●昭和八年十一月十八日 土曜日 雨曇天(第五巻)

今日は終日起きている。中食後薬をつけかゆ。
午後は薔薇園植物場、大脇ゴム商会へ出すハガキを書いた。

父は午前中三川内に行かれ午後にかけて横手に行かれた。
母は午前中村方に兄から蓮を掘ってもらってもって行かれ午後は
日出の小野さん方へ見舞に行かる。
姉は佐世保へ菊賣り、兄は発動機の修繕に行かる。

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2006年07月16日

1933年11月15日〜16日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月十五日 水曜日 晴曇天(第五巻)

姉は佐世保へ菊賣りに母は附近に大根なんかを賣りに。、
父は朝早く有田に素麺替えに行かれ正午頃かへる。
午前中は兄と大晩生長崎白菜(四月白菜)を定植し、胡瓜、白菜の
跡地を耕す。

午後は通夜相撲の作業に………、
夕食後晩は相撲に行き行事終る頃山道坂より轉げ左足に打撲傷をうけ
俄然に痛みを来たし歸途兄に背負はれて自家に着き痛足をもみつつ
安眠す。

●昭和八年十一月十六日 木曜日 曇後晴(第五巻)

昨夜負傷せし足、激しく痛み、終日休体し病床にあり。
午前中父姉は籾をヒられ、兄は塩屋へ籾摺に、母は今福附近に野菜賣り。

午後母が吉太郎さんより僕の打傷の薬(メリケンコ、卵白、くちなし、
せうが混合ねる)を作ってこられ傷の患部に付けた。
(左足不自由の為絶対歩むことができず苦心する)

兄は午後大晩生長崎白菜の定植、父姉は續いて籾ヒをさる。
晩はいの日の餅付き餅をもたべてから就床。

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2006年07月15日

1933年11月13日〜14日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月十三日 月曜日 晴天(第五巻)

午前中は稻扱、父姉も籾を乾してから稻を扱がる。
終日にわたって父と姉は中生いかりはを扱がる。
母は落花生を収穫せられ、四寸妨柿をとられ晩むかる。

午後はニ時半頃迄稻扱、其後稻寄せ車力四車して田原は全部終る。


●昭和八年十一月十四日 火曜日 晴天(第五巻)

終日稻扱。

午後は撰種いかりは、赤神力を採種す。
今日に於て稻扱全く済終る。晩は秋しの済み祝(にはあげ)に
全家愉快に過す。


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posted by gaku at 02:53| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1933.09-11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

1933年11月11日〜12日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月十一日 土曜日 晴天(第五巻)

姉は佐世保へ菊賣り。兄は卸市場へ胡瓜、ビート、卵、ハブ茶をもって
行かる。
朝早起シテ初生雛舎の掃除をなす。
午前中は一人で稻刈。

午後は兄が歸ったので二人で稻を扱ぎ稻を寄せる。
父は終日藁をすぐらる。姉は午後三時半頃かへられた。


●昭和八年十一月十ニ日 日曜日 晴天(第五巻)

六時前起床、午前中は稻扱に稻を車力で一車よす。
父は藁をすぐられてから午迄中村方の馬糞堆肥の出し積み。

午後は稻扱後稻を車で一車よせ、暮方塩屋精米所へ籾摺
(いかりはを)夜間に及んでかへる。
父は午後一人で稻まるかし。母はぐわいが悪いといって
就床さる。でも大した事もない。

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posted by gaku at 10:23| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1933.09-11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

1933年11月8日〜10日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月八日 水曜日 晴天 初霜(第五巻)

長崎の兄は朝八時四十五分の汽車で出て立たる。
佐世保の方に行かれてから自宅に歸へらるるそうである。
午前中は朝秋胡瓜の採取をなし(朝霜のため)稻刈り。

午後は三時半頃まで刈ったる稻の返し方をなる後稻刈り、
夕方藁を藁小屋へ入れ片付けた。


●昭和八年十一月九日 木曜日 晴天(第五巻)

午前は兄と早生粳をもって籾摺に行く。やっと今日にて早生の籾摺は
全部終る。(約玄米ニ十俵)、父姉は稻を刈られた。
稻刈を今日にて全く落成す。

午後は稻寄せ、晩は鎌揚税にて笑を共にす。


●昭和八年十一月十日 金曜日 晴天(第五巻)

父ハ午前ハ藁ヲスグラル。初生雛が四羽孵れた。
午前中は朝方兄と稻扱をなし九時頃より、しの屋のニ階の麥藁を藁と
交換して入れる。十時半頃より午迄稻寄せ。

午後は兄と稻扱、夕方四時半頃より佐世保卸市場に出す秋胡瓜の、
ビートの用意をなし後、稻を寄せる。母は佐世保へ菊賣りの準備。

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posted by gaku at 13:34| 長崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1933.09-11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

1933年11月6日〜7日 父十四才の時の日記

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●昭和八年十一月六日 月曜日 曇天(第五巻)

兄は市場へ結球白菜をもって行かる。午前中は一人で稻扱ぎ、父は
三川内に用事に行かれ母は江永に午前午後二度行かれた。

午後は午直後徴税令書を配付し自分の貯金一円を郵便局に預けに行く。
其後兄と稻扱。


●昭和八年十一月七日 火曜日 晴天(第五巻)

母ハ江永ヘ商ニ行カレタ。
午前中は稻扱、午後は一時半頃迄稻扱をなし其後刈った稻を返す。
二時半頃よりえだ菊畑の跡を耕し苺(モナーク種)、ホーズキを植付す。
姉はおちえさんを先生として第一回のけいこ。
暮方長崎の兄さんがお出でになった。又事件の出張の為だといふ。
一夜親しく諸々の話に夜を更かす。

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posted by gaku at 08:39| 長崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 父の日記1933.09-11 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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